むこの影

原文

保(ほう)の集落のはずれに、竹屋旅館がありますが、そこからつり橋を渡っていくと、日あたりのいい、ちょっとした平があります。

西之宮平のことですが、土地の衆はニシンメエとよんでいます。

ここは昔、白石の集落があったといわれますが、そこから旧道を通ってツムジ(地名)の尾根から今の西之宮へ抜けられます。

このツムジの尾根に、もとは家があり、娘がいました。美人だったので夜になると、若い男たちが、娘の気を引こうと、よくおとずれました。

そうした中に、どこから通うのかとても男前がいて、毎晩やってきました。

そうなれば、娘も悪い気がするばずもなく、なんとなくほのほのして、この男の時には豆などいってもてなすようになりました。

ひじろ(いろり)にほうろくをかけ、大豆を豆ばし(小枝の先が又になっている)でいりながら、男にやりましたが、時には豆ばしをふたりでにぎってかきまわしながら、娘も顔を赤らめたりして楽しんでいました。

親のほうは、いい男が娘についてくれればいいと願っているので、どんな男か気になりながら、いつか機会があったら見たいものだと思っていました。

ある夜、男がおとずれた時、母親がちょっくらのぞこうとしておどろきました。

障子にうつっている影絵は、おかげさま(自在かぎ)になんと大きな蛇がまきついていて、しっぽに豆ばしをまきつけ、娘の手といっしょに、ほうろくの豆を動かしている姿です。

母親は血の気が引きましたが、とにかく男の帰るのを待って娘に話し、信用しない娘に次の夜、男の着物に長い糸のついた針をさしておくようにさせました。

いわれたとおりにすると、次の朝、糸は平にある奥の深いほら穴にのびています。元気のいい若い衆にのぞかせると、まぎれもなく大蛇がとぐろをまいて眠っています。

こりゃたいへんだ、このままにしておくと、娘がどんなことになるかわからん、ということで、大蛇のいるのを見定めて、村中の衆でこの穴を埋めることになりました。

大石をはらいこんで棒で突きこみ、あと小さい石をぎしぎしとつめ、蟻も出入りできないくらいにして封じてしまいました。

それ以来、あの男は来なくなったので、やっぱりほら穴の大蛇だったということになりました。

そんなことがあったためでしょうか、西之宮平に住んでいた人たちは、やがてほかの土地に移り、いまはこの平に家はなく、畑ばかりになっています。

三井啓心『早川のいいつたえ(第二集)』より