河童娘

原文

三月下旬に早川町に入った人は「あれえ。」と首をかしげることがあるでしょう。

小さな集落のあちこちに、武者のぼりが立ち、こいのぼりがおよぎます。

この町では、三月の桃の節句と五月の端午の節句を合せて、四月に節句をする集落が多いためです。

四月になると、道ばたのヨモギものびて、野良仕事がはじまります。天気のよいそんなある日「ぼちぼち、畑でもうなって、種まきのじゅんびでもしるか。」ということで、河原に近いところに畑をもっている夫婦が仕事にでかけました。

うないはじめると、いつの間にか娘がそばに立っており「へえ仕事にかかるかな。(もう仕事にかかるのですか)」とか「えらいらに。(たいへんですねえ)」と話しかけてきます。

村内の娘ならこの夫婦、大体見当はつくのだけれど、見おぼえがないから、いいかげんにあしらっていましたが、ひと休みしてお茶でもとすわると、やっぱり娘もそばにきてすわります。

お茶うけのいもをやると、受けとってうまそうに食べました。次の日も、また次の日も、同じように娘はやってきて話しかけました。

どうもおかしいなあと思った夫婦が、村のしにその話をすると「そんな娘は、この付近じぁ見たことんねえ、話に聞く河童が化けてるじぁねえか。」ということになりました。

さあ、そういわれると夫婦は、気味悪くなって畑にいくのもいやになってきましたが、畑を捨てるわけにもいかず、どうしたものかと思いました。やっと考えついたのが、河童のいやがる夕顔の汁を飲ませることでした。

次の日、それをお茶にまぜておいて娘をまち、休む時「まあ、お茶でも飲めやれ。」と湯のみに入れてやると、一気に飲みほしました。

とたん娘はにがい顔をしたかと思うと、真青になり、口を押えて河原のふちに影を消してしまいました。

やっぱり河童だったのかと思いましたが、この夫婦、別に河童がいたずらをしたわけでもないものを、夕顔の汁をのませて、悪いことをしてしまったと良心がとがめて、長い間、気が晴れなかったということです。

三井啓心『早川のいいつたえ(第一集)』より