安寺沢(あてらざわ)部落のとっつきに、富士山ににた龍が岳という山があり、その山すそを流れる沢に、「ドウドウメキ」と呼ばれている淵があります。
昔は、淵のまわりにはたくさんの大きな木が生い繁っていました。道は淵の上にあり、いつもじめじめしていました。たいへんきびしいところでしたから、夜など、人々はあまり通ろうともしませんでした。
部落の人たちのあいだには、大昔から「ドウドウメキの淵」には龍神がすんでいて怒らせると雨を降らすといい伝えられてきました。
ある年の夏、日照りがいく日もいく日も続いたので、畑の作物が枯れそうになってしまいました。
「降ってくれねえかなあ。畑のもんが、みんなうっかれちまう。」
「うらがぁ、桑ばらぁ、はっぱがしおれけえって、どうしょうもねえ。」空を見上げながら若い者たちがこんな話をしていると、木のかげで休んでいた老人が淵の方を指さして、
「どうだんべえ。ドウドウメキの龍神さまを怒らせて雨を降らせてもらっては。」と、いいました。
まだ一度も龍神さまを怒らせたことがないので、若い者たちは、どうすればよいのかわかりません。
「あんしろ、龍神さまを怒らせるんだからなあ、あと……。だいじょうぶかなあ」ひとりの若い者が不安そうにいいましたが、
「だいじょうぶだんべえ。初めてだからでこう怒ることもなかんべえ。」と、老人がいったので話はまとまりました。そして、龍神さまを怒らせるには一番きらいな石やゴミなどがよいということで、さっそく部落中に知らせました。
次の朝、みんなで持ちよった石やゴミなどを淵のまわりにおき、びくびくしながらお祈りをすませると、
「それっ。うっちゃあれ。」老人のあいずで、山ほどあった石やゴミなどをてんでに投げ入れると、急いで向かいの山の上へのぼり、二、三人ずつかたまって葉っぱのかげから、どうなることかとじっと見ていました。
しばらくすると、淵の水面がブクブクしだし、底にいた龍神は目をまっ赤にして怒りだし、頭をぐっとのばしてきました。
みんなはびっくりして、さらに身をちぢめました。
こんどは、すごい水しぶきをあたりにちらしました。そして、頭を淵から出すと、そのまま龍が岳をくねくね登ると、すごい音をたてながら、天へ上っていってしまいました。
この雨ごいの日から、いく月かがすぎました。どのくらい降ったかわからないが、かなりのおしめりがあり、作物は枯れずにすんだということです。
また、みんながふるえながら見ていた場所を蛇場見(じゃばみ)といい、今では山林になっています。