ドウドウメキの淵

山梨県上野原市

安寺沢(あてらざわ)のとっつきに、富士山に似た龍が岳という山があり、その裾の沢にドウドウメキと呼ばれる淵がある。昔は木が生い茂り、厳しい所だったので、人々は夜には近付きもしなかった。また、その淵には龍神が住んでいて雨を降らせると言い伝えられてもいた。

ある年の夏、日照りが続いて畑の作物が枯れそうになった。もうどうにもならぬ、というところで、村の老人がドウドウメキの龍神を怒らせたらどうか、と言った。若い者たちは不安だったが、老人が初めてのことだからそう大きな怒りはないだろう、というので話は決まった。

そこで、村中の石やゴミを集めてきて、老人の合図で一斉に淵に投げ入れた。そして、一目散に向かいの山の上に登り、怖々と淵の様子を見守っていた。しばらくすると、淵が泡立ち、目を真っ赤にして怒った龍神が頭をぐっと伸ばし、さらに身を縮める人々の前で、龍が岳を昇って天へ昇ってしまった。

それから幾月かの間、どのくらい降ったか分からないほどのお湿りがあり、作物は枯れずに済んだそうな。このとき皆が震えながら顛末を見ていた場所を蛇場見(じゃばみ)といい、今は山林になっている。

秋山村の民話を採集する会
『秋山の民話』(秋山村教育委員会)より要約

安寺沢というのも秋山川と道志川の間の谷筋で、大変な山奥という感じだが、そこにこの山と淵があるという(不詳)。「とっつき」といえるかどうかだが、里の北側には相州大山とは別の阿夫利山が見える。

話そのものは雨乞いのために淵を汚してヌシの竜神を怒らせる、というものの典型であり、実際そうしたのだろう。この話で目を引くのは、どうも雨乞いの祭場として、淵とは別に淵を見守る場所があったようで、そこを蛇場見といっているところだ。

じゃばみ、という地名は各地にあるが、多くは蛇喰と書いて、大蛇が人畜を喰った所であるとか、上州藤岡の蛇喰渓谷などは、苦しむ大蛇が岩を噛みながら這った跡が渓谷になったのでそういうなどという。いずれも「喰む(はむ)」としているのだが、これを蛇を見た場所と書くこともあるのだ。

そう書く地名も各地に見え、これはその由来が語られている事例といえる。いずれ崩壊地名の代表格だろうが(もとは「くえ(崩え)・じゃ-くえ」か)、蛇喰と蛇場見ではその目の付け所が違うように見え、面白い。