昔、神野に「おらく」という十六、七くらいの美しい娘がいて、村の評判だった。村の中を降谷沢という深い沢があり、その上流に昔から大蛇がいた。大蛇は人間のことなど構わず暮らしていたが、おらくの評判を知って興味を持った。大蛇は毎日沢の上からおらくを眺めるようになり、好きになってしまった。
しかし、人間でない自分が姿を見せるわけにもいかず、力ずくで攫うことにした。大蛇が山の尾根に登りなにやら唱えると、大嵐となり雷鳴がとどろき、滝のような雨が村を襲った。神野の下流は流れた大木で堰止まり、返り水は浅間神社まで達し海のようになったという。
それでもおらくの家は少し小高い所にあったので流れず、大蛇はおらくの家の裏の沢にも大雨を降らせて、家ごとおらくを大水に流した。そして、流されるおらくを背中に乗せ、降谷沢の奥深く過ぎ去ってしまったそうな。大水が去ってのち、おらくと大蛇を見た者はいなかったという。