竜神の池

原文

そのむかし、竜げん山という山がありました。

竜げんやまには、いつも青く澄みきった水を、満々と、たたえた池があり、その池の水は、どんなにひどい乾ばつがおそっても、すこしもへらず、近ざいの民、百姓の生活をささえていました。

 

ある年、それはそれは、ひどい大乾ばつにその地方一帯がおそわれ、竜げん山近ざいの人々も、さすがに池の水だけでは、どうすることもできず、人々があつまり、対策を話し合ったのでした。

その席に出ていた、村の長老が、自分がおさなかった時、おじいさんから聞いた話を、集まっていた人々に話してやりました。

「大むかしにも、今度のような大乾ばつにおそわれたことがあったというが、その時には竜が天からおりてきて、雨を降らせたそうじゃ。」それを聞いて、ひとりの男が、わらをもすがる思いを全身にあらわして、長老にたずねました。

「それで、どうすれば、その竜がおりてきてくれるのですか。」長老は、目をとじて少しためらいながら、

「それには、村の若くて、きりょうの良い娘子に、白い衣を着せ、池のほとりに立たせるんじゃ。そして、太陽に雲がかかった時に、池の中に身を投げさせるんじゃ。」

と、答えたのでした。集っていた人々は、誰一人として、口をひらこうとしません。下を向いて、だまりこくってしまいました。その長老には、目の中に入れてもいたくないほどかわいい、孫娘がふたりおりました。

長老は、家に帰って孫娘達に、その話をしてしまいました。

よく朝、孫娘ふたりは、だれにもないしょで、白い衣に身をつつみ、竜げん山の池へと登って行きました。その日も陽ざしはつよく、娘たちを遠りょなく照りつけます。空には、雲のかけらひとつもない、暑い日でした。

池のほとりに立って、姉の、やえは、妹のしのぶに言いました。

「おじい様の話しを聞いて、これは私たちがしなければならないことと思い、この身をささげるのですが、後悔はありませんね。」しのぶは、

「はい、ありません。」と、言うと、手を合わせ、けなげにその身を竜じんにささげるべき時を、じっとまちました。

陽も西へ、だいぶうつりましたが、その陽ざしは強く、いっこうにおとろえません。

しかし、その時、ふたりの決意にむくいてやるかのように、細長い雲が、小さな雲を引きつれて、太陽に近づいてゆきました。そのありさまは、まるで竜が太陽に向ってゆくようにも見えました。

しばらくして、雲が太陽をかくすと、やえは、しのぶと共に池の中に消えてゆきました。

ふたりの姿が、水の中に見えなくなると、間もなく、雷をともない、黒々としたあつい雲が空をおおい、わずかに残った雲のすき間から、竜がおりてきました。

人々は、自分の目をうたがいながら、われもわれもと、竜げん山に、かけあがってゆきます。長老も、朝、姿を消した孫娘達を安じながらも、村の人々に手を引かれて、池につきました。人々の目の前を、平然と竜は池の中に入ってゆきました。

やがて、竜は、自分の分身を従がえ、姉のやえは、自分が乗せ、妹のしのぶを分身に乗せ、水面に姿をあらわしました。孫娘ふたりが、竜とその分身の背に乗せられているのを見て、長老は、気がくるわんばかりにさけびました。しかし、姉のやえは、つめたく静かに答えたのでした。

「おじい様、村のみなさま、私は竜神様に連れられ、神の国に、めされてゆきます。妹のしのぶは、竜神様の分身と共に、この池にのこり、こんどのような乾ばつが、二度とこぬよう、みなさまをお守りいたしてまいります。」そう言い残すと、竜はやえを乗せたまま、天にかけ登ってゆき、分身も、しのぶを背にしたまま、池の底におりて行ってしまいました。

やえと、しのぶを連れ去った竜と分身が見えなくなると、たいへんな大雨が降ってきました。その雨は、やむことなく、そのまま、七日間降りつづき、大乾ばつに苦しんだ大地をうるおし、流れ出た水は、近ざいの地方一帯を、水田のように変えたのでした。

ひとりになってしまった長老は神のつかいとなった孫娘達の心意気を、ほこりに思い、めい福を祈りながら、その余生を送ったのです。

そして、妹、しのぶのねむっている竜げん山の池のことを、だれが言うともなく、「竜神の池」と、呼ぶようになったのだそうです。

境川村 VYS「ゆ会」『境川むかし話』より