竜神の池

山梨県笛吹市

その昔、竜げん山という山があり、山上には澄んだ池があった。池の水はどんな干ばつにも涸れることなく、近在の百姓の生活を支えていた。ところが、ある年ひどい大干ばつに襲われ、竜げん山の池の水だけではどうにもならなくなった。そこで人々が集まり対策を話し合った時のこと。

長老が、自分がおじいさんから聞いた話として、大昔にも大干ばつがあり、その時には竜が天から降りてきて雨を降らせてくれた、と語った。しかし、その方法とは、竜げん山の池に白衣の美しい娘を身投げさせることだ、といい、皆は黙りこくってしまった。

この話を長老の二人の孫娘が聞いてしまった。姉妹は誰にも内緒で竜げん山の池へ行くと、これが自分たちの使命、とその身を投げてしまった。すると間もなく黒々とした雲が空を覆い、合間から竜が降りてきた。人々は目を疑いながらも、われもわれもと池へ向かった。

池に降りた竜は、自分に姉のやえを乗せ、分身に妹のしのぶを乗せて水面に姿を現した。事態を悟った長老は狂わんばかりに叫んだが、姉のやえは静かに答えた。自分は竜神と神の国へ行くが、竜神の分身ととともにしのぶが池に残り、二度と干ばつに苦しむことのないよう皆を守る、と。

竜と姉妹が姿を消すと、大変な大雨が降り始め、七日も降り続いて大地を潤した。長老は孫娘たちを誇りとし、その冥福を祈りながら余生を送ったという。そして、これより竜げん山の池を竜神の池と呼ぶようになったのだそうな。

境川村 VYS「ゆ会」『境川むかし話』より要約

話そのものとしては、このような人柱を思わせる筋が干ばつ雨乞いの話となっている、というところが少し目を引く。人柱譚というのは、どちらかというと大水洪水を鎮めるため、という展開で見るものだが、そればかりでもない、という事例ではある。

特異な点としては、姉が竜とともに昇天し、妹が竜の分身とともに池に残った、というところだろうか。これはかなり重要な話の筋かもしれない。神秘の池のヌシの話には、そのヌシが純粋に自然の権化である竜蛇から「もとは人だった」存在へとシフトする展開がまま見える。

おそらくそれは、交渉可能な相手のイメージの変遷に伴うものと思うが、この竜げん山の話にはその特徴が色濃く出ているかもしれない。池の妹から天の姉へと人々の願いが通達されるというのなら、それは強力な聖地となるだろう。また、その姉妹を出した長老家は大きな采配権を持つだろう。