蛇切り長兵衛ものがたり

山梨県笛吹市

昔、御坂町下野原に働き者の長兵衛さんとしっかりもののお婆さんの老夫婦がいた。ある時、長兵衛さんが山で仕事をしていると、まだ昼前だというのに眠い。仕方なく眠って、ふと眼を覚ますと、大蛇が長兵衛さんを呑もうとしているのだった。叫んだ長兵衛さんが鉈を投げつけ逃げだすと、幸いにも鉈が大蛇の眉間に当たって、大蛇は動かなくなった。

臆病な長兵衛さんにそんな真似ができるかしらと、お婆さんは信じなかったが、話を聞いた村の衆はたちまち評判にして、「蛇切りの長兵衛さん」ともてはやした。しかし、長兵衛さんは英雄といわれても臆病なままなので、山へ行くのが怖く、薪も作れないでいた。

それでとうとう薪の蓄えも尽きてしまったので、長兵衛さんは恐る恐る山へ行くことにした。ところが、かの場所にきて、長兵衛さんは息を呑んだ。そこには大蛇の白骨が眉間に鉈を食いこませたまま横たわっていたのだ。長兵衛さんはもう怖がることはないと、骨を蹴飛ばして薪を作ると家に帰った。

ところが、その夜から長兵衛さんは高熱を発し、大蛇が出た、助けてくれとわめきながらのたうちまわり、三日で死んでしまった。これは大蛇の祟りだと村人たちは恐れ相談し、酒など供えようということになったが、誰もしり込みして行こうとはしない。そこで長兵衛さんのお婆さん(奥さん)が自分が行こうと引き受けた。

そして一人その場所へ行ったお婆さんは驚いた。そこには蛇の骨などなく、一本の老木があり、大きな空洞が開いており、穴の上に鉈がささっていた。下には大きな石が散らばり、お爺さんはこれを大蛇とその骨と見間違えたのか、とおばあさんは思った。

そのうちに、臆病だった長兵衛さんが日々こんな寂しいところで仕事をしていたのかとかわいそうに思ったおばあさんは、長兵衛さんを笑いものにしてはいけないと、老木から引き抜いた鉈を証拠に、大蛇の害のなくなったことを皆に報告したそうな。皆はそれを見て、あらためて長兵衛さんの勇気をたたえたという。

ブランコの会『みさかの民話』
(家の光出版サービス)より要約

少し変わった大蛇討伐の話。いや、額面通りなら大蛇は出てこない話ではあるが。しかし、はじめから長兵衛さんの独り相撲を語ったものだったとすると、あまりにも細部に定型のモチーフが並んでいる点が妙だ。

いずれも大蛇と思い込んでいた長兵衛さんゆえに、大蛇に祟られたのと同じ症状まで出てしまったのだ、というならそうなのだが、ちょっと手が込みすぎているような気もする。枯れ尾花ではない大蛇を討伐するなりして祟られたという話があったのではないか。