山梨県北杜市

昔、長澤の猟師が八ヶ岳へ狩に行った。その日は獲物がなく、仕方なく帰ろうとすると、大山火事に巻き込まれ、猟師はあちらこちらと逃げ回った。その中で、根の焼けた小松の上に、火に追われ逃げのぼった小蛇が巻きついていた。猟師はこれを自分の鉄砲に巻きつかせ、火のないところへ逃げると放した。

そして自分も帰ろうとしたのだが、急にあたりが真っ暗になってしまい、方向もわからなくなってしまった。難儀していると、彼方に明かりが見え、訪ねると老母が一人あばら家で火を燃していた。老母は猟師を見ると、自分は助けてもらった小蛇の母だといい、礼をするためにこうして呼んだのだ、といった。

猟師は村に水がないことから、水がほしいといい、老母は芦の一節に水を入れ、この水をこぼしたところから水が湧く、と告げた。猟師が我に返るとあばら家も老母もなく、あたりは夕方の日が照っていた。夢のようだったが、手には先ほどの芦の一節が本当に握られていた。

ところが、猟師が小便をしたくなって芦を立て掛けた際、風が吹いて芦が倒れ、そこに大半の水がこぼれ水が湧いてしまった。これが今の泉だという。猟師は残りの水を持ち帰り、村の中央にこぼしたが、もう少しの水だったので、少しの水しか湧き出さなかった。これは長澤の祖師堂という土地の小さな泉だという。

北巨摩郡教育会『郷土研究 第二輯 第一冊 口碑伝説集』
(昭和10)より要約

もっとも、「まんが日本昔ばなし」に同名で集録された話はこの長澤のものと思われ、あるいはこちらのほうが一般には知られた話といえるのかもしれない。

水がこぼれた大きい泉は、長澤北にあるというが、あるいは大泉の地名由来となった谷戸地区泉神社の大泉のことかもしれない。このあたりで説明抜きに「泉」とだけいうと、大概そこを指すことになる(泉さん、と呼ばれる)。八ヶ岳から長澤への帰路でもある。