椀貸の池

原文

中野に大きな池がありまして。その池にシマ権現ていう蛇が住んでいたわけですよ。白い蛇なんですけれどもね。それで、ジャノヘソ(蛇の臍)っていう、鈴のような感じで、臍のような感じでね、それを村の人達はジャノヘソって呼んでいたわけですね。そのジャノヘソは庄屋さんの家にあった。

で、昔のことですから、自分の敷いて寝る蒲団がやっとで。お客様が来たって、椀もなければ、お膳もなければ、それこそきれいな莚もなければ、茣蓙もなければ、なんにもないわけですよ。それで村の人達は、お客様が来る時になるとまぁ、庄屋さんの所行って、ジャノヘソを借りてきて。それで池行ってね、

「池の主様、池の主様、俺どこは何日の晩に、どこどこから、何人お客様が来るんだんが。わるいども蒲団何人分と、それから汚ねぇ藁莚だけなんだんが、その上に敷く茣蓙を貸してくらっしぇ。」

とか、

「お膳がねんだんが、お膳何人分貸してくらっしぇ。お椀を何人分貸してくらっしぇ。皿もねぇが、それを貸してくらっしぇ」

って。そこへ、その池の土手に立ってね、そして願って。そん時にジャノヘソを置いてくるんだそうです。

そうすると、その日になって行ってみると、ちゃんとそこにお願いしただけの数の品物がきちんと置いてあるわけですね。それでまぁ村ん人達は、

「本当に、こんな助かることはねぇ」

てんでね、その品物を借りてきては、そしてそれを使って。そして終わると必ずそれを持ってその池に行って、

「ありがとうございました」

てんで、その土手の所に置いてきたってね。そしてそのジャノヘソは大事に、村の大事な品物だからみんな大事にしてね。村の人達は正直だから、言われたとおりそのヘソを必ず庄屋さんに届けたそうですね。

ところがある日に、庄屋さんの伜がお嫁さんをもらうことになったそうです。それで庄屋さんは、隣村の庄屋さん達とか、いろいろな人達を呼ぶわけで、蒲団も欲しいし、あれも欲しい、これも欲しいてので、まぁ、そこ行って頼んだわけですね。

「池の主様、主様、俺どこで何日何日の晩に嫁取りあんだんが。蒲団を何人前貸してくらっしぇ。お膳も何人前欲しいし、お椀も何人前欲しいし、貸してくらっしぇ」

てので。自分の欲しい物みんな頼んでね、そしてヘソをその土手ん所に置いてきたんですね。そしていよいよその嫁取りの日になってね。そして朝行ってみたら、きちんとそれだけの数がそろえてあったそうですね。それで庄屋さんの人は喜んで、そしてそれを持ってきて。

そしていよいよ嫁が来ることになったそうですね。そしてまぁきれいなお嫁さんが来たし、酒盛りのもうにぎやかに。みんなで庄屋さんの嫁取りだてゆうんで、村中の人達が行ってにぎやかに、一所懸命よそから来たお客様をもてなしたわけです。その時いつもどおりに、庄屋さんは何の気なく、いつもどおりに床の間にそのジャノヘソを置いたわけなんです。

そしたところが、よそから来た村の人が、呼ばれてきた人が〈おもしろいものあるな。これなんだろな。鈴みていだが鈴でねぇし、なんか人間の臍みていだが臍でもねえし。おもしろいものが床の間に置いてあるな〉と思って。そうして酒飲んでいる時、酔っぱらってる時眺めていたそうですね。そして、そげん何の気もなかったでしょうけれども、酔っぱらってるもんだし、ジャノヘソをなにげなく持って行ってしまったそうです。

そうして今度酒盛りが終わって、庄屋さんのお嫁さんだっていうので三日も四日もま酒盛り続いたあとで、家の人達がみんな今度かたづけもので、さぁ今度返していこうと思っていたところがね、床の間にちゃんと大事にしておいたところのジャノヘソがないって。さぁ大変だ、これは困ったてのでね。今度もう庄屋の人達本当に今度その池のそばに行って、そして土手のところで、

「本当に申し訳ない。ジャノヘソどこへ行ったかわからん、本当に申し訳ない。かんべんいてもらいたい」

てので、もう泣きながらお願いして、借りた品物だけ置いてきたそうです。

そしたけれども、それから後は、その置いた品物はなくなってしまったけれども、いくらお願いしても出てこなくなったということなんですね。

〈種芋原・青木ノブ(T12・4・12生)〉

『山古志村史・民俗』より