あまのじゃくと二子山

原文

むかーし、むかーし、気が遠くなるくれえの大むかし。

箱根山に天から来たという神とも人間ともつかぬつらをして、へそまがりで、力もちのあまのじゃくと言うもんがおったそうな。

だども、この糞力が出るのは、晩だけで、お天とうさまの光がペカッとあまのじゃくの頭にあたるとフワーッと力は、ふぬけてしまうんだと。

ある年のすっぽーんと晴れた日。

あまのじゃくは、箱根のてっぺんにつっ立ってあたりを見回しておった。四方には、、いろんな姿の山やまがでこん、ぼこんとならんで背くらべをしておった。

「うーむ、とくに高い山もねえし、だいたいいいあんばいになっておるわい」

あまのじゃくは、満足げにぐるーっと首を回しておったが、西の方を見たとき目がジャガッと光った。

そこには、雲の上にまで頭をつんだし、お姫さまの花のような裾をすんなりと広げて晴れ姿を芦の湖に写している富士の山があった。

「なんとまあ、美しい山だんべさ。その背丈といい、その後姿といい恋れぼれするわい。里のやつどもが、おれの箱根山に尻っぺたを向けて、朝に夕に富士山を眺めてかしこまっているのも無理のねえこった」

あまのじゃくは、ためいきついて富士に見とれておったが、そのうちに胸くそが悪うなってきた。

「うーむ、おれの箱根がそっぽ向かれるというのもあいつがおるからじゃ。よーし、おれの糞力でてっぺんをひったくって低くしてやるべ」

あまのじゃくはムクムクッと岩のような力こぶをつくった。

その晩、里のものが寝静まったころ、あまのじゃくは、大ふご(もっこ)をひっかついで富士山へのぼり岩をひったくると、

 うんとこ すっとこ

  うんとこ すっとこ

と担いで海っぱたにきては、その岩を沖合めがけてぶん投げておった。

つぎの晩も、そのつぎの晩も、

 うんとこ すっとこ

  うんとこ すっとこ

と、やってきては、ぶん投げておった。

したらば、その岩が海のどまん中に積もりに積もって島が出来た。これがな、いまも太平洋にある大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島の伊豆七島で、投げそこなって海っぱたに落ちて出来たのが熱海の初島ということじゃ。

だども、あまのじゃくは、そんなことは、屁でもくらえと森の中から富士山を睨んでおった。

「むーん、でえぶ低くなったが、まんだ高え、もう一ふんばりじゃ、よーし」

と、晩になるのをいまや遅しと待っておった。

ところがその晩、欲張ったあまのじゃくは、いっぺんにでっかい岩をひっぺがすべとして、えらく手こずり時間ばっかくってしもうた。やっとこさ二つの大ふごにおしこんで、

 エッチャ モッチャ オーオー

  エッチャ モッチャ オーオー

と、箱根山を越そうとしたら里のほうから、

 ケケロケー ケケロロー 夜が明けたー

と、一番どりがないて東の空がポッと白み、お天とうさまがホンワリ、ホンワリとのぼってこられた。

「こ、こりゃあえらいこっちゃ、わしの力がふんぬけてしまうわい。そんで、里のやつにめっかったら今までの苦労も水の泡じゃ」

あまのじゃくは、あわてて大ふごの中の岩をおんまけると、振り返りもせず山の暗がりめがけてふっとんで行った。

やがて、お天とうさまが箱根の山をギンギラ、キンギラと照らすと、その下にお椀をふせたみたいなあたらしい山が二つできておったそうな。

これがな、あまのじゃくがぶちまけた岩でできた山で、いまも箱根山地にデカン、デカンとのっかっている二子山ということじゃ。

あまのじゃくは、これにこりたのか、それから富士山へは行かなかったそうな。

萩坂昇『神奈川県の民話と伝説 上』
(有峰書店)より