物いうウナギ

神奈川県茅ヶ崎市

地蔵ヶ淵には小出川の堰があった。辺りは真菰、ヨシ、葺の茂った沼地や五、六本の松が生えていた。

その昔、浜之郷の農家の息子がたまの休日に近くの堰下へ釣りに出掛けた。いつもは沢山の魚が釣れるのに、今日は当りがなくそのうちに暗く雲が低くなり雨もようになってきたが、半時ばかり糸を垂れていた。ふとみると浮がスーッと水中へと見えなくなり、釣糸を強く引いた。それを合図に竿を上げたが一向に水面へは、魚は上ってこない。今度は糸を手繰った。漸く水面へ頭が出た。一本のおおうなぎを釣り上げた。

喜び勇んで家へ帰り家内中に大うなぎだとさわぎ、近所の人を呼んで切りさいて料理し、大鍋で煮付けていた。その最中台所の裏口から大声で「地蔵ヶ淵のとね坊ヤーイ」と二、三度呼ばわった。家中の人たちは何事が起きたのかと振り向く折りしも、ブツブツに切ったうなぎを煮ていた鍋の中から「オーイ」と返事をしたかと思うと一本に連らなって元の形になり、折柄の大雨にニョロニョロと細い流れ伝いに逃げ帰ったという。(山口金次『資料館だより』8、昭和四十九年)

『茅ヶ崎市史3 考古・民俗編』より原文

こちら茅ケ崎市の話では釣られた鰻が「とね坊ヤーイ」と呼びかけられて(呼ばわれて)いるのが興味深く、そういう名であったらしい。現状その名の意味はわからないが、この話型の典型というのは、このようにその捕えられたヌシの名が呼ばれるというものとなる。