所在を変ずる石の怪

神奈川県横浜市磯子区

灸で名高い峰町は円海山護念寺の竹藪に、五輪の石塔片割れがあるが、この石は自ら所在を変えるという。昨日山の峰にあったものが今日は竹藪に戻っている、という具合で、霊石と呼ばれている。しかし、人がこれを動かそうものなら、高熱を発して死ぬという。

昭和の世になっても、萱を刈ろうとした人がこの石を動かしてしまい、たちまちに大熱を発して戸板で担がれて帰ったという。石の由縁には、単なる因果物語以外に何か所在を変ぜねばならぬ訳があるのかもしれない。

また、この石の傍らにはツト蛇という一匹の蛇が棲んでいるという話もある。三尺ばかりのくせに胴周りが一尺もあるという珍蛇で、横にコロコロと転じて歩くといわれる。してみるとこれは槌蛇ということで、野槌と呼ぶ種類の蛇かもしれない。この珍蛇は夏島の主ということで、墓の主と関係でもあってか、時々右の奇怪な石の傍らで見受けられるのだと、土地の人々は語る。

栗原清一『横浜の伝説と口碑・上』
(横浜郷土史研究会・昭5)より要約

灸で名高い、即ち横浜市磯子区峰町(落語の「強情灸」の峰の灸)の話。石の怪の方は、ひとまずそういう石(多分毎度おなじみのゴロ石状のものだろう)がある、ということで良しとしておこう。問題なのは、「ツト蛇」の方だ。

いわゆる「つちのこ」に相違ないが、これが「夏島の主」であるとある。磯子に夏島という所はないだろうから、これはあの追浜沖(だった)夏島のことだろう。

今や夏島も埋立地に囲まれて歩いていけるような所になっており、特に目立った話なども聞かれなかったのだけれど、対岸(だった)鉈切の祭祀遺構などの祭祀対象は夏島だったのじゃないかと私は考えており、やはりというか、このようなヌシがいたのであるらしい。磯子と夏島では金沢をはさんで距離があるが、どういう関係があったものだろうか。