上無川の片目の鰌

神奈川県横浜市神奈川区

神奈川の名の起こりが上無川にあるというのは知られた話だが、昔、この上無川に片目の鰌がおり、これを食すと眼病を患うとされ、怖れられていた。

その由来をこういう。ある時川上から天王さまが流れてきた。村人が一旦は拾い上げたが、後難を恐れて又川に流してしまった。すると、その者の一家悉く眼の病に罹った。さては天王様の御罰かと、早速流れの末の海中を探し求めたが遂に出現しなかった。

しかしその代りに、ひとつの神面が拾い上げられた。これを祀ると眼病たちまちに平癒したので、その宮を神面社と号したのだそうな。しかし、元来荒神なので、村が大いに荒れることもあり、故に荒宿といったのだとも伝える。

そのために神面は境内の地中深くに埋められ、名を神明社と改め、大神宮を祭祀するようになた。片目の鰌はこの神面に由来するものなのだという。

栗原清一『横浜の伝説と口碑・下』
(横浜郷土史研究会・昭5)より要約

東神奈川地区となる。京急のすぐ近くに東神奈川神明宮という小さな神明さんがあるが、そこのお話。すぐ隣の能満寺と一体だったお社で、本当に「神面さん」だったかどうかはともかく、正安元年あたりからあるという割と歴史のあるお宮だ。

上無川を流れてきた天王さんの話は由緒でも語られ、これはまず青木町の洲崎大神に併せ祀られ、その分霊が能満寺に祀られたのだともいう。神面のほうがいかなるものなのかは現状不明。

さて、竜も蛇も出てはこないのだが、「上無川」という名と「片目の魚」という点で、この話は引いておきたい。

際立って埼玉南部に「頭無」と称される大蛇の話があるのだが、頭無とはそもそも水源部の不明な川のことをいう、という説があり、上無川(今はない)も同じ理由でその名とされていたのだという。

今のところこの上無川に大蛇の話があったか否かは分らないのだけれど、片目の魚があったとなれば、気にしておくべきかと思う。どこかで頭無大蛇のことを考える上でのヒントになるかもしれない。また、この話では泥鰌だが、より正統派の片目の魚(鰻)の話であった可能性もある。