大蛇討伐(古典)

東京都三宅村

一つの不思議な話があった。箱根の湖に翁と姥がおり、共に三百七十歳を数え、三人の娘がいた。翁は湖で釣りをして暮していたが、あるとき終日一匹も魚が釣れなかった。そこで、湖にヌシが居るなら、舟を魚でいっぱいにしてくれないだろうか、そうしたら三人娘の一人を与えるのに、といった。すると十六七の男が現われ、話は聞いたと言い、消えた。そして忽ち魚たちが舟に飛び込み、舟は魚でいっぱいになった。翁が恐ろしくなって帰ろうとすると、水底より、二三日で約束の通りに迎えに行く、三女を貰おう、と声があった。

帰った翁が消沈していたので、娘たちが訳を質すと、事の次第を語った。しかし、娘三人は、それは易きことです、私たちに任せて心配するなという。約束の人が来たら後ろの家に居るといって下さい、と娘たちはいい、後ろに家を構えて入った。三日後の亥の刻に、男が迎えに来た。そこで三女が、我々はここの者ではなく、富士の頂に住む者だ、尋ねるならそちらへ、といって鳩となって飛び立った。男は大蛇になると大いに怒り、残りの二人の娘を取ろうとしたが、二人もまた鳩になって飛び去った。

大蛇は怒り、富士山に三女を追った。三女は富士山頂の岩の中に隠れていたが、折しも三嶋大明神が富士の頂に来ていた。大明神は三女を見て何処の人かと尋ねた。三女は、自分は箱根の湖の「かきのおうぢ」の三女である、と答えた。父は唐土においては八大執金剛童子という者であったが、この地に垂迹したのであり、母は斯羅奈國の王の三女であった。父母ともに三百七十歳になります、と三女はいい、この度の大蛇との件を大明神に聞かせた。

大明神はそういうことなら自分に任せなさいと、三女を連れて大島に飛んだ。すると大蛇も大島に追って来たので、今度は三宅島に飛んで三女を御嶽へ隠した。大明神が見目と若宮に相談すると、二柱はそれは容易いことですといい、二つの大穴を掘った。そして、一つの穴に飯を盛ってあんねい子に任せ、一つの穴に酒を満たしてまんねい子に任せた(これによりあんねい子を飯の王子といい、まんねい子を酒の王子というのである)。この一大事を見物しようと、島々の王子たち、后たちもやってきた。新島の大三王子も劍の宮を従えて来た。

ここに大蛇が怒り狂ってやってきた。すると見目が出向いて、様々になだめて先の穴の飯と酒を勧めた。大蛇も待ち構えた飯の王子にすすめられて飯を食い、酒の王子にすすめられて酒を飲んだ。こうして大蛇は酔って鱗を立てて眠りこんでしまった。これをまず劍の御子が斬り、二番に大三王子が斬り、三番にていさん王子(第三王子)が斬った。大蛇が斬られるときに尻尾を振り回したので、岩陰から見ていた水戸口の后の目に当たり、左目がつぶれてしまった。ともかくこうして大蛇はやすやすと討伐され、各島の王子・后も帰っていった。

そこで大明神が三女の隠れている御嶽へ行くと姿が見えない。大明神が怒って見目に探させると、三女は躑躅の中にいた。三女は小蛇がいたので大蛇の眷属かと思って躑躅に入ったのです、着物の色と躑躅の花が重なって見えづらかったのでしょう、逃げた訳ではありません、といった。大明神はこれよりこの島の躑躅は花を咲かせないように、蛇はこの島にいてはならん、といった。

大明神は残る二人の娘も見目に探させ島に招き入れ、三人の娘を后とし、三宅島の各所に置かれた(以降三女神の解説は略)。

『三宅記』より

伊古奈比咩命神社伝の「白濱大明神縁起(三嶋大明神縁起)」(通称『三宅記』)より大蛇討伐の件を要約した。要約といっても繰り返しになる所を略したくらいで、全体の内容はこの通りである。場面の位置としては、三嶋大明神が伊豆諸島を造り終わり、各島に一柱ずつ后神を置き、それぞれに御子神が生まれ育って一段落した所でこの大蛇討伐の話がはじまる。この話の後は、三宅壬生氏の祖・壬生の館が三嶋大明神と意気投合して島にやってきて、神祀りの次第を伝授され、奉祭氏族の長となっていく話が語られる。

以下、登場している神々について簡単に紹介しておく。

三嶋大明神:
伊豆三嶋大明神。基本的には伊豆諸島の三宅島に鎮座される。天竺の王子だったが、日本に来て伊豆諸島を造る。薬師如来の垂迹。

若宮・劍の御子(劍の宮)・見目:
三嶋大明神の従神。見目のみ女神で弁天・竜神である。この三柱は大明神が独り身の頃から従う神々で、若宮・御子と名にあっても大明神の御子神ではない。この話の時、劍の御子は新島の大三王子の後見としてそちらに行っている。また、劍の御子は式根島(新島と一連に扱われる)での鎮座地が差出(さしで)というので差出の明神ともいう。

あんねい子・まんねい子:
三宅島の第一の后神・天地今宮の后(伊古奈比咩命に比定される)の御子神たち。兄弟。あんねい子=阿米都和氣命・まんねい子=穂都佐和氣命にそれぞれ比定される。

大三王子(大宮)・ていさん王子(第三王子):
新島の后神・みとのくちの大后(水戸口の后・久爾都比咩命に比定される)の御子神。兄弟。大三王子=多祁美加々命に比定される。

箱根の三女:
この後、三宅島の丑寅に鎮座され八王子をもうける。丑寅の后・八王子の母御前等とも呼ばれる。佐伎多麻比咩命に比定される。

箱根の次女:
この後、三宅島の坪田に鎮座される。御子神を二ノ宮というので、二ノ宮御前と呼ばれる。坪田の后とも呼ばれる。伊波乃比咩命に比定される。

箱根の長女:
この後、三宅島西の伊ヶ谷(いがい)に鎮座され、ゑがいの后と呼ばれる。みとのくちの大后に嫉妬して、子を抱いて入水し石になってしまう。伊賀牟比賣命に比定される。