八坂さまの大欅

原文

日野宿の八坂さまには、えらく大きな欅があった。八坂の宮の御神木として崇められたばかりでなく、街道のはるか遠くからも見え、旅人たちが、「日野宿が見えたぞ」と、旅の疲れを慰めたそうじゃ。

実は、この大欅は……、近在を暴れまわっておった大蛇だったということじゃ。牛馬は食い殺す、田畑は荒らす、家や橋は壊す。はては女子供までも襲った。

困りはてた里の人々は、八坂の宮に大蛇降伏の祈願をした。

八坂さまの御主神は素戔鳴の御尊なので、大蛇はたちまち捕らえられ、いまにも退治されようとした。すると大蛇が、「これよりは、いままでの悪事の無量倍の善事をつくしますので、身を八つ裂きにするのだけは、おゆるしください」と嘆願した。素戔鳴の御尊は、願いを入れて、大蛇を大欅に化身なされた。

この大欅は、旅立ちや人生門出の安全祈願などに、効験あったということじゃ。

菊地正『とんとんむかし』
(東京新聞出版局)より