喜多見の槍かつぎ

東京都調布市

ちょっと昔は蛇がたくさんいて、青大将なんかはおとなしかったが、マムシに咬まれるとひと夏仕事なんかできなかった。咬まれたら「喜多見の槍かつぎ」のところに治療に行った。それで奇態に治ったものだ。

子どもらは棒や鎌なんかで草むらを払いながら、喜多見の槍かつぎの歌をうたいながら歩いた。
「へーびも まむしも どーけどけ
 おいらは 喜多見の伊右衛門だ
 槍も刀も 持ってるぞ
 ちょっきりきられて 腹立つな」
と、これは蛇よけのまじないなのだ。

喜多見の伊右衛門の子孫、斎藤家には蛇よけの守り札と呪文、マムシに咬まれた時の治療法などが伝えられえきた。江戸時代には江戸市中から近郷まで知られ、数知れぬ人々がやってきたという。

それらの秘法は「槍かつぎ」の役をしていた伊右衛門が、殿様の狩のお供の時、猪をひと突きにし、下に組み敷かれていたマムシを助け、恩返しに教えられたのだという。伊右衛門を名乗る者は蛇を自由に操ることもでき、人を咬んだマムシを呼びつけ詫びさせたという話もある。

中島恵子『子どものための調布むかしばなし』
(調布市立図書館)より要約

甲州郡内上野原の蝮の銀右衛門や八王子の志村家とならんで、喜多見(世田谷区)にはこの「槍かつぎ」の伊右衛門があった。甲州街道からは外れるが、同じような役どころの家柄であったといってよいだろう。