成願寺勧進帳・冒頭

原文

当郷鈴木九郎は父祖以来家業の博労を商う貧しい者であったが、痩せ馬を連れて葛西の市に向かう途中、浅草に詣で、今日この馬が売れて大観文銭であったらすべて喜捨すると誓った。はからずも、馬は一貫文で売れ、喜び勇んで帰る途中、確かめてみるとすべて大観文銭であった。九郎は誓いのとおりこれをすべて浅草観音に奉納した。妻はわずかな稼ぎを楽しみに道に出て九郎の帰りを手をかざして待っていた。九郎はありのままを話すと妻はかえって喜んだ。二人が貧しいあばら家に帰ると、そこにはいくつもの黄金の入った瓶が現われていた。夫妻はこれを見て一心に浅草観音のご利益に感謝した。これが九郎が無双の長者になった所以である。その後、りっぱな屋敷を造り、塀で囲まれたその屋敷の中や外は金銀財宝で満ち溢れていた。しかし、九郎には男子はなく、一人娘をたいへん可愛がっていた。娘が一八歳になった晩秋の十三夜に、娘の婚約を祝って、村をあげての宴会を行なっていたところ娘の寝室に雷が落ち、突風と臭気が立ちこめ皆がそこに駆けつけると娘は大蛇となり赤い舌を出し眼光するどく飛び出していった。九郎は帰依している真言宗の高僧に七昼夜密法を講じてもらったが効果なく、相州最乗寺の舂屋和尚が招かれ、その力によって大蛇は霧消した。九郎はその徳に感謝して剃髪し、成願寺を建立した。九郎は永享一二年(一四四〇)に卒した、というものである。

(「勧進帳」そのものは漢文)

比田井克仁
『伝説と史実のはざま 郷土史と考古学』
(雄山閣)より