六郷神社のお使いひめ

原文

わたしのお祖父さんがね、あるとき、羽田の川っぷちから乗っ込んできた。六郷の船着場に帰ってくることを、乗っ込んでくるというんですよ。六郷の河岸へね、乗り込んでくるわけですよ。そうしたら、味の素(工場)の前のところへね、南風が吹いていたんでね、船が、六郷の方へ寄せられちゃったわけなんですね。「こりゃあ、いけない」ってんで、竿を突っぱった。そしたら、そこに、大きな蛇がいた。

船は、蛇を嫌がるんですよ。船霊様は女の神様だから、長虫といってね、蛇は、ほんとに嫌がる。じいさんがね、「やな奴がいやがるな。お前、そんなとこにいると、いげねえぞ、そんなとこにいるとね、悪い奴がきて、殺されちゃうといげねえから、早くどっかへ行げ」って、言ってやったんだよね。それでね、こんだ、荷物積んで出ていこうとしたら、まだ、いるってんだよね。「なんだ、お前、まだそんなとこにいるんか、いつまでもいちゃあだめだ。悪いこと言わないからね、早くね、帰れ」って、まあ、二度言った。三度目のときには、もういなかった。

そうしているうちにね、あるとき、神社へ行ったらね、そうしたら、その蛇が、神社にいたってんですよ。どこで覚えていたかっていうとね、尻尾がね、切れていたってんだね。昔から、尻尾の切れてる蛇は、神社のお使いひめだといういい伝えがあった。「こりゃあ、六郷神社のお使いひめだ。どっかへ使いに行ぐのに、南風が強くて向こうへ渡れないで、あそこにいたんだろう」ってね。それでね、じいさんが「おお、お前、よく帰ってきたな」ってね。そうしたら、その蛇がね、気のせいかね、何となく親しみを寄せるようなあんばいでね、ペロペロ、ペロペロ、舌出してね、お辞儀したんだか何だか、知らないけどね。

まあ、これで、話は終わりですけどね、だから、たとえ嫌いな蛇でも、虫でも、殺しちゃいけないって、よく話してくれました。(八幡塚 男 明治43年生・中島)

 

類話:六郷神社のお使い蛇

六郷神社ね、あすこは、昔は、松の木がもっと大きくてね、生い茂ってたんですよね。そして、アケビ、シイの実があそこにすごくなったんです。で、あすこの蛇はね、神社のお使い蛇だってね、ぜったいに殺さなかったのね。そしてね、尻尾が切れてるんですよ。スーッとしてないのね。神社のお使い蛇って、みんな言ってたんですよね。そしてねぇ、松の根っこのところに卵を生むんですよね、真っ白な、ぶよぶよしたやつ。チャボの卵くらいでね、二、三十。

でね、六郷神社の拝殿の右っかわに格子窓があって、そこから、お使い蛇が、しじゅう出入りしていた。そしてね、右っかわには六郷神社の大杉があったんですよ。白旗を揚げたというね。その木の根っこにも巣をつくっていたんだね。(八幡塚 男 大正2年生・中島)

大田区教育委員会
大田区の文化財 第二十二集
『口承文芸(昔話・世間話・伝説)』より