昔中延村の名主の娘が、雨のしとしとふる日に村はずれで「かご」をひろい、井之頭の池のそばまでくると、いきなりかごからとびだして池に入ってしまった。かごの中を見ると「蛇のウロコ」が数枚残り、座っていた処はぬれていたといわれる。近年迄井之頭池の主は中延からきたと云っていた。
註)此話は名主の娘が、身分の低い村の若者(家の下男であったかもしれない)と密通したことがわかり、人にしられないうちに村から遠ざけ、この様な話を作りあげて、表面をつくろったものである。この種の伝承は他でもきくことができる。
上北沢の鈴木左内の娘が井の頭へ行く(「美女、井の頭の龍神にお嫁入り」)、という話を嚆矢として、いろいろの土地の娘が井の頭の池へ行くのだが、かなり離れているといえる品川区の中延にもこういう話がある。
見どころは「註」のほうで、絶縁放逐の娘のことをこう語ったのだ、としている。はたしてそれで表面がつくろえるのかは知らないが、確かにそういう一面はあるだろう。神婚譚から瘋癲娘の行方という両極端な(しかし、まれ人を迎える、という感覚が生きていたなら一致する)相を持つのが蛇聟であり、女人蛇体の話なのだ。