白蛇をだました和尚さん

原文

昔むかし、いすみの山奥のところに小さなお寺があったそうな。

そのお寺の和尚さんが遠い所へお参りにいくことになった。

お参りが終わって、「さあ、お寺の方へ帰ろう」と思ったところ、子どもたちが道端でわいわい騒いで何かやっていた。

和尚さんは「何だろう!」とのぞいたら、手のひらに入るぐらいの、小さな可愛らしい白いヘビを、おもちゃにして遊んでおった。

情け深い和尚さんは「やあ!皆んな、ヘビを放しておやり」と声をかけた。なかなか、いたずらの子どもたちは放さないので、お金を出して白いヘビを買ってやった。そして袋にいれてお寺まで持って帰った。

お寺の脇に三日月の形をした池があるので、その中にこのヘビを放してやった。ヘビは非常に居心地がいいらしく、だんだん、だんだん大きくなっていった。

池が狭くなってきた。

とうとう、この辺りでも見たことのないような大蛇になってしまった。和尚さんは、ヘビが薄気味悪くなってきた。

そこで、和尚さんは「ヘビさん、十年たったら帰ってきなさいよ!いい池を作っておきますから!」

証文を書いた大きな札をヘビの首につけてあげた。

ヘビは喜んで山のほうへ入っていったそうだ。

和尚さんは「やれやれ、あぁー、まだ十年というと長いなぁ!」

……まだ七年あるなぁー……

……まだ五年あるなぁー……

そのうちに、どんどん、どんどん月日がたって、

正月、二月が豆まき、三月がひな祭り、四月が花見、五月がお節句、六月が入梅、七月が七夕、八月がお盆、九月がお祭り、十月が月見、十一月が七五三、十二月が餅つき、というふうにどんどん、どんどん過ぎていった。それから、年のほうも子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥という具合にどんどん過ぎていったのだった。

さあ! 和尚さんはヘビのことなどすっかり忘れてしまい、とうとう十年たってしまった夏のことだった。

その夏は、とても暑い夏で「はぁー、暑いなぁー、今年は何て暑いんだろう!」暑くても水があればお米が取れる。和尚さんは、お米が取れると檀家の者が、お米をたくさん持ってきてくれる。

「まぁー、暑くてもいいや、仕方がない」なんて思って本堂の中で、涼んでいた。

すこし眠ってしまった。すると腰のあたりに、ぬるりとさわったものがある。

和尚さんは目を覚ました。

すると、そこには首に札を下げた大きなヘビが「和尚さん、十年たったから帰ってきましたよ」と言わんばかりに和尚さんを見上げていた。

「やぁっー! これは困った! やぁーすっかり忘れてしまった」しかし和尚さんは、ヘビが脇を向いているうちに、ちょっとばかり意地が悪いが、墨をすって、十年の十の上にノの字を、ちょいと入れたのだ。

千になった。「よくこの札を見るといい。まだ、九百九十年ある」そう言ったら大きなヘビは、和尚さんをにらみつけて山に入って行ったそうな。

  *  *  *

一方、このお寺の近くに、弓矢を使って狩りをするのが、とてもうまい猟師がいた。猟師はいつも「アカ」という名前の犬を連れていた。このアカが非常に猟をするのが上手だった。

うさぎを追い掛けたり、キジを追い出したり「アカ、行こうや」「ワン」と喜んでついてきた。

ところがある日のこと、その日は一匹も獲物が捕れなんだ。

「アカ、だめだ今日は! 一匹も捕れない。帰ろうや」「ワン」

いつも帰るときには、大きな切り株のある山の高いところで休むことになっていた。村がずぅーと見える。「やぁー、今日は休もうや仕方がない」

大きな木の下で休むことにした。

「アカ」も主人の脇に座った。「あぁー、いい天気だなぁ」

「いい気持ちだなぁ」猟師はだんだん眠くなってきた。

そうして少し眠ってしまった。

すると「ワン、ワンワン」「アカもう少し寝ようじゃないか」「ワン、ワン、ワンワン」犬が狂ったように鳴き続け、ただごとではない。

「あれ! 変だなぁ、何も怪しいものはいないなぁー、ハハァー。これは今まで良く働いてくれたが、病気が出たんだろう。人にかみつく病気だな。病気が出たんでは仕方がない。このままアカを連れて村に帰って子どもにでもかみついたら困る。ハァー、仕方がない」

そして猟師は悩んだ末に、腰に差していた長い刀で、「ナムアミダブツ」と念仏を唱えながら、

「バサッー」とアカの首をはねてしまった。

すると、その首は頭の上の松の木の枝に向かって、サァーッと飛んでいって落ちてこない。不思議に思って、上を見ると、なんとまぁ! 大蛇の首ねっこに食らいついていたのだ。

「なんだ! そうだったのか!……」

「アカは私に気をつけなさいと言ってくれたのに分からなかった。あぁ、私が悪かった」

といって、木の上から、向かって来た大蛇を間一発のところで退治した。

その様子を、猿が見ていて「えらいこったね! あの犬はいいことをしたんだけれど……。ナンマイダ、ナンマイダ」と手を合わせた。

それからは、上総の山や、いすみの沼や川で、大蛇が出た話はすっかり、聞かなくなったそうな。(文・小島良一)

 

作田地区……いすみ鉄道「上総中川駅」から北へ約1㎞の米どころで、万木城CCに隣接しています。市立中川小学校校歌にうたわれているように、東にみねこし、南にあらきね(荒木根)の丘陵をのぞむ風景の美しい田園地帯です。

いすみ市民話編集委員会『いすみの民話』
(いすみ市教育委員会)より