太東の旦那

原文

神話とも伝説ともつかず、昔から漁師の間に語り継がれているものに太東の旦那というのがある。

太東岬は、九十九里浜の南端で沖合は黒潮が流れ、イワシの豊庫でもあった。岬は太東のハナともいわれ、旦那とのつながりは深い。

岬の沖合は、数キロに亘り岩礁がつづいていて、その岩礁の間に「ワニザメ」が住みつき、海を荒らすと伝え信じられていた。

岩礁は鋸の歯のように乱立し、巨大な怪物でもあるかのように見え、暴風雨の時などその背を見せることがあったという。

漁師たちは、この状態を大変に恐れ、見ることのなかったものでも太東の旦那と敬称していたという。そしてこの近くを航行する時は、必ず帆をおろし、太東の旦那に敬意を表するならわしであったと伝えている。

黒潮と闘い、海に生きる男たちにもこんな心づかいがあり、海神信仰の素朴な一面をのぞかせている。

 

※元禄以降沈んだ岬の沖原村が海の底の岩場になって大鮫の棲み家になった。天敵を放って追い払うのがよいと、飯縄寺の住職が教えるという筋がある。天敵は蛸だったので蛸をたくさん放ったので、太東岬は蛸が名産になった、となる。(いすみ市教育委員会『いすみの民話』)

上総一宮郷土史研究会『ふるさと』より