蛇婿の話

原文

むかし、むかし、金谷に大変美しい娘が住んでいました。

この娘は気だてもよく、針仕事も上手でしたから、お嫁にほしいという若者も何人もいました。しかし、この娘の家は平家の落人でしたから、親たちは家柄を思って、なかなか相手を決めかねていました。

そうしたある夜のこと、どこからか一人の若者が、この娘のもとへ秘かに通ってくるようになりました。初めは心配した親たちも、その若者の様子があまりにも立派で気品がありましたので、このお方なら大丈夫だろうと考えるようになりました。

そこで、母親は娘に、

「ぜひ、あの方のお名前をおたずねしてごらん。」

と勧めました。

娘もこの若者を大そう好ましく思っていましたから、毎夜、毎夜、熱心にそのことをたずねました。しかし、若者はただニコニコと笑っているばかりで、決して名を教えようとはしませんでした。

こうしたことが幾晩か続いたあと、親たちは娘にこういいました。

「このままではどうにも仕方がない。今夜あの方が帰る前に、着物の裾に長い糸をつけた木綿針をさしておおき、朝になったらその糸をたぐってお住まいをお訪ねしよう。」

これを聞いて娘も、若者の素性もようやく知ることができると思い、喜んで夜になるのを待ちました。

そして、いよいよ夜になると、いつものように若者が娘の所に忍んできました。ところがその夜はどうしたことか、急に月が隠れたかと思うと大あらしになってしまいました。若者も驚き、落ちついておらず、その夜はすぐ帰ってしまいました。

やがて、朝になり、娘は心をおどらせて若者につけた糸をたぐっていきました。すると、糸は村をはずれ、谷を越え、山の奥へとつづいていました。そうして、しばらくいくと糸はいつのまにか一つの洞穴の中に入っていきました。

娘は不思議に思いながらその洞穴の中を、そうっと静かにのぞいてみると、中には一匹の蛇が胸に木綿針を突き立てて死んでいました。

娘は、はっとしました。自分の所に通ってきたのは、この蛇であったことに気づき、深い悲しみがこみ上げてきて、涙を止めることができませんでした。

娘は家に帰ると、蛇の胸に突き刺さっていた木綿針を使うのをやめて、その変りに、銀で針をつくり、たった一人で、ひっそりと縫物をしてくらしたということです。(金谷)

中嶋清一『富津市の民話と民謡』
(大和美術印刷出版部)より