囃子水の竜神

原文

むかし、婆さと孫の若者が野良へでかけただ。婆さは空をあおいでいったと。

「雲が垂れてきたぞ。昼ごろから雨だんべえ、早く行って、早く帰えろ」

婆さが、いったとおり昼まえから大粒の雨が落ちだした。笠と蓑を着て、七面さまの下にある泉まできたとき、土砂降りになっただ。

一軒だけポツンと建っている納屋のノキの下へ、身をよせ合って雨やどりをしたと。

若者は腹がへって仕方がねえだ。

「朝からずっーと働きどおし、婆さは人使いが荒い。おら腹がへっただ」

「この雨は、すぐ止むだ。家に帰えってから食うといいだ」

雨のやむのを待っているうちに、ふと気づいたことがあっただ。

泉の水面にうつる影が、いろんな形に見えてきたと。若者は、つぎはどんな形になるか、興味を持ったと。風が水面を吹きぬけたとき、笠のような形が見えてきた。

「婆さ、水にうつっているあの影は、なんの形に似ていると思うだ」

若者は、影の方を指さして婆さにいったと。

「うーん、笠だんべえ」

婆さは、思わず泉にむかって、

「笠になれ」

と囃したてると、泉から水がふき上げ笠の形になったと。婆さんは、ふしぎなことがあるもんだと思って、もういちど囃したてただ。

「蓑になれ」

こんどは、ふき上げた水が蓑の形になったんだと。

婆さも、若者も面白くなって、水面をたたく雨足を見つめておっただ。

そのときだ。雷が鳴り、稲妻がピカリと光ったとき、水面から竜が頭を持ち上げ、泉の上にある七面大明神のお堂の方に、目をむけ首をふっていたと。

婆さは、興奮しながら竜神に手を合わせたと。

「おお……こりゃ、囃子水の守り神、竜神さまじゃ」

雨が上ると同時に、竜神の化身はどこにも見あたらなかったと。

石井文隆『鎌ヶ谷の民話』(文京書房)より