昔、人力の兄いが上野の不忍池のところで一服していたところ、きれいな娘が現われて、柏の布施まで行きたい、弁天様までいくらか、という。車屋はしばらく見とれていたが、きれいな娘に前金に駄賃ももらい、張切りの上にも大張切りでおっ走った。
ところが、布施の弁天様のとば口について、かじ棒を下ろそうと振り返ると、誰もいない。娘の腰かけていたところはどっぷら水に漬けたようになっていた。不思議なことと首をかしげて車屋が弁天様の社の方を見ると、白いくちな(白蛇)が今しもずるっずるっと暗がりに消えてゆくところだった。
車屋の兄いも、足がすくんで、しばらくぼけーとしていたという。上野と布施の間をこうやって白いくちなが往ったり来たりしていた。二つの弁天様のお使いをしていたのだろう。