清水庵の白蛇 千葉県銚子市 昔、清水庵の近所の人がお伊勢参りに行った途中、女の人に出会い、ひとつの紙包みを清水庵へ届けてくれと頼まれた。その間は絶対に中を見ないでくれ、ともいう。頼まれた人は不思議に思ったが、約束を守って紙包みを清水庵へ持ち帰った。 お堂に入り、紙包みをそっと開けてみると、中から白蛇の子が出てきて、お堂の奥のほうへ消えていった。その夜、その人の夢枕に包みを渡した女の人が出て来て礼を言った。それから、清水の観音様には白蛇の主がいるという噂が立った。 銚子市教育委員会『銚子の民話』より要約 銚子市清水(しみず)町に今も清水観世音のお堂はある(清水坂下交差点の北のほう)。もうまわりはすっかり住宅街なので、白蛇のヌシがいるという雰囲気ではないが。 話の筋は「水神の文使い(たとえば「大蛇と大うなぎの夫婦」など)」のようだが、託されるのは手紙ではなく白蛇であるという不思議なものだ。結果を見れば、これは人に頼んだヌシの移動の筋なのだろうか、とも思われる。 しかし、清水庵自体がどのような観音さんなのだか現状分からないので(疣とりの効能がある観音であるとまた伝える「イボトリ観音」)、これがヌシの移動であったとして、それがそのような経路を示しているかなども考えようがない。 そもそも、包みを託された場所が分からない、というのもある。そうではあるが、水神の文使いの筋とヌシの移動の話の筋には、途中で横断可能な要素があるのじゃないか、という示唆はあるだろう。特にその意味合いが難しい水神の文使いのことを考える際に参考になるかもしれない。 また、旅をした人がそのヌシの蛇を運んできたのだ、という点だけ見れば、同じ銚子のヒゲタ醤油の話(「玄蕃山の白蛇」)も連想される。大雑把にでも、守護神は外から来るものだ、という傾向でもあれば、それは十分勘案すべき要件となるだろう。 ツイート