氷ノ雨塚

原文

大渕に氷ノ雨塚がある。『新記』に「土人氷の雨塚と唱ふ。郡中所々にあり。村民周次が畠の中にあり、此塚中は冲にして、入口六尺巾も六尺許、奥行は二間、石を以て畳上げ、上に大石を三枚許亘せり。昔此穴の中より古刀出たりしが、皆折れたりとぞ。(下略)」

と記してあるが、この塚には、「隠れ里」の伝説がある。『伝説の秩父』は次のように記している。

この氷雨塚の内部には一坪程の石があり、その石の下は穴になっていて龍宮までつづいているといわれていた。

昔、この村の人達が、ある朝見慣れぬ男に随って、この穴から金銀宝石で美しく飾られた龍宮のような所に案内された。沢山のご馳走をいただいて帰る時「これをたべると二百年の長命を保つことができます」といって、美しい婦人は人形のような形の品物を十人の人達に渡した。一同は手厚いもてなしを恐縮しながら帰途についた。そして洞門を潜ったかと思うと、不思議にももうこの氷雨塚に出ていた。土産物については、彼等の中の一人が、十人分の土産を食べてしまったので、その男だけが二千年の長生きをしたという。(高野邦雄『伝説の秩父』)

韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・中』
(北辰図書出版)より