龍宮の穴

原文

ある時多武峯にお祝いごとがあったので、老若男女が多数集まった。この時主人は、「これから岩屋にいって竜宮のお姫さまにお膳やお椀を借りてこなければならない。」といって、木の根伝いに岩屋におりていった。そこで人々がふしぎにおもってあとをつけていくと、主人は岩屋の入口に立って何ごとか祈っている。するとやがて水が音をたてて流れてくると同時に、美しいお膳やお椀が出てくるのであった。この時主人が借りうけた器の数は、不思議にもそのとき来た客の数とぴたっと合っていたという。

一説に貸してくれたのは天狗さまだといい、たのむと翌朝たのんだ通りの膳椀を貸してくれたが、ある時この借りた膳椀を返さなかったので、それからは願いがかなわなくなったという。今も、多武峯神社を管理している武藤氏の宅には、このとき返さなかったという朱塗り三個一組十二個の大きな椀が、家宝として残されている。(大野武男『郷土史調査と其実例』・韮塚一三郎『埼玉の伝説』・神山弘『ものがたり奥武蔵』)

(比企郡都幾川村西平多武峯)

韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・上巻』
(北辰図書出版)より