昔多武峯の祝い事で大勢人が集まったとき、主人が岩屋で竜宮のお姫様に膳椀を借りてくる、といった。人々が後をつけると、主人は木の根伝いに岩屋に下り、入口で何事か祈っている。すると音を立てて水が流れて来、美しいお膳やお椀が出てきたのだった。不思議とその数は集まった人の数だったという。
一説に貸してくれたのは天狗様だともいう。しかし、ある時借りた膳椀を返さなかったので、それからは願いがかなわなくなったそうな。多武峯神社を管理している武藤家には、このときの朱塗りの大きな椀が家宝と伝わっている。
埼玉県下に多く見える椀貸し伝説(「椀箱沼」から)の一つ。その貸してくれる相手が竜宮の姫さんだというのはもっともスタンダードな説明だが、多くは淵底のことであり、この多武峯の舞台は少し珍しいものだろう。
無論、塚穴・洞穴が淵の代わりに膳椀を貸すという話は多くあるのだが、頼みに応じて「水が音をたてて流れてくると同時に、美しいお膳やお椀が出てくるのであった」というのは面白い。ちなみにこの穴は多武峯の南の九十九丈の断崖の中腹にあるそうな。