膳椀淵の大蛇

埼玉県日高市

昔、霊巌寺の裏に大きく深い淵があり、高麗川はここで渦巻き川底に潜っていた。淵の主は大蛇だと言ったが、誰も姿を見たものはなかった。この淵は膳椀淵と呼ばれ、婚礼などの際に頼むと、人数分の膳椀を岸に浮かび上がらせ貸してくれたという。

村人はこの膳椀を貸してくれる大蛇のおかげで助かっていたが、ある時欲深な男が、五十人分の膳椀を返さなかったため、それ以来膳椀は浮かんでこなくなってしまった。村の長老が頼んでもだめで、村人は大蛇が怒ったのだ、と思い、しかたなくお金を出し合って膳椀をそろえたという。

さて、その淵がある年の大水の土砂で埋まってしまった。やっと水が引いてみなが外に出てみると、膳椀淵が河原に変わっており、砂の上で骨が見つかった。長老がこれは淵の大蛇の頭の骨だ、と言ったので、骨を霊巌寺に運び、供養してもらった。今でも寺宝として秘蔵されているそうな。

市川栄一『奥武蔵の伝説』
(さきたま出版会)より要約

霊巌寺の裏手は今も高麗川が流れている。淵というほどではないと思うが、残念ながら見ていない。川を渡ると高麗神社がある。今ではこの付近というと巾着田の曲流が有名だが、少し下ってもこういう淵があったというのだ。