片目の女体様

原文

草加市内にある松原の北端近くに懸けられている中曽根橋を渡り、東へ東へと行くこと一粁位の左側に、中根町の鎮守様が見えてきます。入口がちょっと難しく、なんとなく民家に入っていってしまうような気がしますが、石の鳥居を見当に境内に入りますと、村の人達が奉納した石造物が数多くあり、村の歴史の記録となっています。

境内は南北に長く、一番北端に祠が南に面して建立されています。

この祠は、前から見ますと何の変てつもない、何処でもみられる建物のように見えますが、建物の横から裏に回りますと、大谷石を積み上げてるので、石蔵といった感じがします。

社殿正面からなかを見ますと、一番奥に厨子を置き、その中に彩色された女性のお姿で、宝冠を被った座像が安置されています。背丈の大きさは十七糎です。

ある時、地元の年寄りに会いましたところ、次のような話を聞きました。

「この村の鎮守様は女体様です。その女体様は、昔は両目が開いていたのですが、ある時、麻の葉で片目を突いてしまって潰れてしまいました。そのために、現在のお姿は、片目が潰れています。ですから、この村では麻の葉を嫌います。村の中で麻を作ることは勿論やりませんし、赤子が生まれても麻の葉の着物を着せません」。

その話を聞いてから写真にしてあったお姿を、改めて見直しますと、確かに右目が潰れていました。

かっては、嫁にやった娘に子供ができるというと、実家では麻の葉模様の着物の色を、紺にしようか赤にしようか、と気をもんだ時代もあったそうです。

草加史談会『草加の伝承と昔ばなし』より