子育滝

埼玉県飯能市

この大滝はもとは高山不動の奥ノ院にあたり、行者たちの修行の場所であった。こどもの出来ない女が、不動に願をかけ、この滝水を浴びると子供が授かるといわれ、この行をタキオリといっている(ものがたり奥武蔵)。されば名は子育滝とはいっているものの、この滝は「安産水」である。

右について『川越地方郷土研究』は、「高山不動尊の子育布袋様を抱いて滝にかかり、七日間お籠りすると必ず子供が授かる。その子供には、体のどこかに三枚の蛇の鱗がついているという。」と記している。

なお、この子育布袋は現在不動堂に収められているが、摩滅していて、布袋像であることさえわからぬほどになっていて、その信仰のほどを語っている。昭和のはじめ頃まで、この行が行なわれたらしいことは常楽院の田中隆孝住職の語るところである。(飯能市高山字高畑)

韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・上』
(北辰図書出版)

高山不動(常楽院)は関東三大不動に数えられることもある有名なところだが、子育滝というのは現在は不明。不動三滝といわれる滝の大滝のことではないかと思われるが、よくわからない。

それにしても、お不動さんと布袋さんというのでは、生まれた子に「三枚の蛇の鱗がついている」という話になるほどの布陣とは思われない。引いた話には重要な点が欠けている。

それは、高山不動にはほぼ同時期に勧請されたという三輪神社が一体となって鎮座されているのだ。これはそういった話だと思ってよい。白雉であるとか斉明天皇期であるとかの真否はともかく、ここには古代の竜蛇の刻印の一つがあるのかもしれない。