万じゅ渕

原文

普寛さまの生家の話。大滝村落合を流れる荒川のまん中ほどに一つの渕があった。その渕に祈ると願いごとがかなったという。昔、普寛さまの家にお万という一人娘がいた。その家に夜な夜な娘の婿にしてほしいといって通う青年があった。けれども娘はききいれなかった。娘はその青年がどこの誰だかわからないので、ある時青年の髷(まげ)に長い糸を通し針をさし、その糸をたぐって青年がどこに住んでいるのかをさぐろうとした。娘がその糸をたぐっていくと荒川の渕に出た。渕のそばまでゆくとなんとなく沈められてしまったという。

娘がいないので、家の人が心配して方々さがし歩いたがどこにもいないので、川をさがしてみると、淵から人間が浮んだ。どこの男とも女ともわからない人間だった。するとどこからともなく声があがって、

「娘はこの淵に入りました。再び帰れません。そのかわり、お宅の願いごとは、これから先何でもかなえてあげます。ただし、使いおわったら必ず返さなければいけません。」といった。

その後、何かほしいものを紙に書いてこの淵にうかべると、必ずその品が浮いて来たそうだ。そのうち間違って返さないことがあったので、それからは何とおねがいしても浮んでこなかったという。(語り手:木村ハマ氏 74歳 レポート・県立教員養成所小一A 木村美恵子氏)

(秩父郡大滝村落合)

韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・上巻』
(北辰図書出版)より