女に化けた白蛇

原文

昔は蛇が多かった。古い町家などでも、庭や土蔵の中にその家の主のような大きな蛇が住んでいたものである。それが今では蛇は殆んどみかけられなくなった。

二十数年前なら、近郊の田の道を自転車で走っていると、道の真中に蛇がいて踏みつけて通ることもできず、自転車をおりてシッシッと蛇を追いはらったものだ。蛇の方も心得たものでのそりのそりと道ばたの草むらに待避してくれる。

鳩ヶ谷には特に蛇が多かったようである。

鳩ヶ谷小学校の下、見沼代用水ぞいにむかしおくまんさまがあった。そこに大きな杉の木があり、その杉を切った時に、木の洞穴に蛇がたくさんいて四斗だるに二杯もとれたという。

蛇にまつわる話しも多い。その一つに蛇が女に化けたという話しがある。この話しも伝える人が少なくなってすでに忘れかけようとしている。

明治の始めの頃の話しである。

辻にある大きな機屋さんがあった。女工を十四・五人つかい、田畑も二町八反ほどあったという。その家の屋敷内に小さな稲荷が祀ってあった。そのお稲荷さんのうしろに大きな木があり、この木がお稲荷さんのご神木といわれていた。ご神木があまり大きくなりすぎたので、いつそのこと切り倒したらどうだろうということになり、ある臼やさんに切ることを頼んだ。臼やさんは心よくひきうけてくれて、いよいよこのご神木を切り始めた。今のように機械であっという間に切り倒すのと違って、一本の斧、一本の鋸で仕事をするのだからかなりの時間がかかる。

だがこのような古い木になると、中心の所がうつろになっていることが多く、この木も中心がうつろになっていたので、思ったより早く切り倒すことができた。木を切り倒してホッと一息ついていたところ、その木の切り株の穴から白い蛇がでてきた。白い蛇はそうめづらしいものではないかも知れないが、その白蛇が、臼やさんの目の前であっという間に若い女に化けてしまった。しかもその女は、お稲荷さんに色目をつかいながら、しやなりしやなりとお稲荷さんに近づこうとするではないか。

臼やさんは驚いた。

人間の女が男に色目をつかうのはあたり前の話しであるが、蛇が女に化けたうえに、その蛇の女が今度はお稲荷さんに色気づくのだから、これはただごとではない。余りのショックに臼やさんは無我夢中でそばにあった斧をとりあげ、白蛇の女にむかってハッシとばかり打ちかかった。キャッと悲鳴をあげたかどうかはわからないが、白蛇は臼やさんの斧の一撃で恐らく殺されてしまったのであらう。

その白蛇のたたりかどうかわからないが、臼やさんはまもなくふとした病気がもとで死んでしまった。

そのあと誰ということなく、ご神木の切り株の穴に米をあげて、白蛇の霊をなぐさめたという。

白石敏博・岡田博『鳩ヶ谷の民話』
(鳩ヶ谷郷土史研究会)より