白い竜と黒い竜

原文

むかしむかし、熊谷は、のどかな農村で、人々は広い田畑に米や野菜を作って仲よく暮らしていたそうな。ところがある日、空の彼方から白い竜と黒い竜があらわれ、田畑をずたずたに荒らしてしまったと。二匹の竜の乱暴は、何日も続いたそうな。

村人は困り果て、どうしたらよいものか相談をはじめたと。そこへ、見すぼらしい身なりの坊さんが通りかかったそうな。坊さんは、腰に短い刀を差していたと。村人の話を聞いた坊さんは、

「わたしが二匹の竜を退治して進ぜましょう」

と言ったそうな。しかし、村人は“こんなきたならしい坊さんに、恐ろしい竜を退治できるわけがない”と思って、相手にしなかったと。けれども坊さんは、村はずれの古井戸のそばにござを敷き、一心にお経を唱えはじめたそうな。

やがて、怪しい雲とともに白い竜と黒い竜があらわれたと。坊さんは、読経の声を大きくしたそうな。二匹の竜は、坊さんに襲いかかろうとしたと。

それを見ていた一人の村人が、思わず大声で、

「お坊さま、危ない!」

と叫んだそうな。その時、二匹の竜は、村人の方をちらっと見たんだと。坊さんは、そのすきをねらって、腰の短い刀を抜き、

「南無観世音菩薩、南無観世音菩薩。カーッ!」

と一喝して、白い竜と黒い竜に切りつけたそうな。

体に刀傷を負った二匹の竜はひるみ、古井戸の中に逃げるように飛びこんだと。坊さんは、すぐさま古井戸に、しっかりとふたをしたそうな。村人は、ふたの上に大きな重い石をのせたと。

「もう大丈夫だ。これで二匹の竜に、田畑を荒らされることはなくなった。よかった、よかった」

村人たちはたいそう喜び、お坊さんにお礼を言おうとしたそうな。しかし、お坊さんの姿は、どこにもなかったと。“お坊さま。わしらを助けてくれて、ありがとうございました”。村人たちは、お坊さまに、心から感謝したそうな。

市川栄一『中山道の民話』(さきたま出版会)より