白い竜と黒い竜

埼玉県熊谷市

熊谷はのどかな農村だったが、突然空の彼方から白い竜と黒い竜が現れ、田畑をずたずたに荒らしてしまった。二匹の竜の乱暴はその後も続き、困り果てた村人が相談していると、そこへみすぼらしい坊さんが通りかかった。腰に短刀を差したその坊さんは、話を聞くと、自分がその竜を退治しよう、という。

村人はみすぼらしい坊さんに竜退治など、と相手にしなかったが、坊さんは村はずれの古井戸のそばで一心に読経を始めた。やがて白い竜と黒い竜が現れ、坊さんが読経の声を大きくすると、二匹の竜が坊さんに襲い掛かった。

このとき、村人の一人が危ない、と叫び、その声に竜が気を取られた一瞬に、坊さんが大喝とともに二匹の竜に斬り付けた。傷を負った竜はひるみ、古井戸の中に逃げ込んだ。そこで、坊さんは古井戸にしっかりと蓋をし、村人が蓋の上に大石を置いて封じた。

これでもう大丈夫だと村人は喜び、お坊さんにお礼を言おうとしたが、もうお坊さんの姿はどこにもなかったという。

市川栄一『中山道の民話』(さきたま出版会)より要約

そのようなわけで、幡随意上人の事跡だというのはよく伝わった話のはずなのだが、なぜか引いた話では正体不明の坊さんが最後にはどこへともなく消えてしまったという筋になっている。あるいは熊谷寺は熊谷氏縁の寺で、と強調したいときには、衰退・中興をいいたくない、というようなことか。少々謎だ。