底なし沼の膳椀

原文

下小坂にあります北谷の沼は一名「底なしの沼」ともいわれております。沼のかたすみに「お釜」と呼ばれる直径一メートルくらいの穴があり、この穴は会下山稲荷の立上がりの松の大蛇出入口だともいわれております。この沼には古来よりお祝いごとなどの時、膳椀や茶椀を何人前でもかしてくれるということで有名だったそうです。ところがある日のことです。村にすむ男が家でお祝いごとがありましたが、膳椀がないので困っていたところ、村のお年寄りから底なし沼のことをきき、よろこんで出かけて行きました。「沼の主さま、どうか、お願いですからお膳とお椀を二十人前、おかし下さいませ」そうして、あくる日早くに沼に出かけて行きますと、ちゃあんと二十人前の膳椀がおかれてありました。男はおおよろこびで持ちかえり無事にお客の接待をすませました。さて、おかえしに行こうとしましたが、どうしてもお椀が一個、足りませんでした。男はめんどうくさいので沼の主にそのことをわびもせず、足りないまま沼においてきました。これには沼の主さまもおおいに怒り、その後、どんなに村の人がたのんでも、二度と膳椀をかしてくれなくなったということであります。

池原昭治『川越の伝説』
(川越市教育委員会)より