ヤナ 埼玉県川越市 川越城の外を取まく要害をよな川といった。その広さは僅か六七間にすぎず、あまり深い川ではないが、百万の軍勢でもこれを越えることができないといわれている。 これは昔からこの堀にヤナという主が住んでいて敵を寄せつけないためである。よってよな川とよんでいる。 十方庵が、それはどんなものかとたずねると、土人のいうのには、このヤナは東南の方の芦の茂る深いところに住んでいて、女だとばかりいい、こわがってくわしくは語らなかった、とのことである。(十方庵『遊歴雑記』初篇の下) 韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・中』(北辰図書出版)より 『遊歴雑記』本文では、引き続いてヤナ(ヨナ)を「是恐らくは大蛇の類なるべし」と書いている。 女だというのは、川越城七不思議の一、責められ入水した娘「およね」にちなんで「よな川」という話と、またの一、城を築いた太田道真の娘・世禰姫(よねひめ)が人柱として入水しているという話(「川越築城」)とに関係するだろう。 ともあれこのヤナ・ヨナが霧を吹くので川越城は難攻不落だったというのであり(「霧吹きの井」)、十方庵は大蛇の類と見たわけだ。果たしてどの要素が先でどれが後かと考えると難しいが、その分考えるための手がかりが多くある霧隠城のひとつであるといえる。 ツイート