山内禁鈴・その三・怒った大蛇

原文

むかしのおはなしです。喜多院の何代目かの住職のうちで、たいそう蛇の好きな人がいました。毎日、えさを与える時にはかならず鈴を鳴らしました。蛇たちも鈴が鳴るのを楽しみにしており、喜多院はもちろん、人家にもけっして迷惑をかけるようなことはしませんでした。ところが蛇好きの住職が急な病にたおれ、とうとうかえらぬ人となってしまいました。その後、住職になった人は、「蛇」という言葉を聞くだけでも寝込んでしまうほどの蛇ぎらいだったそうです。それで、寺のものは住職に気をつかって鈴を鳴らしませんでした。蛇はえさを絶たれ飢えて死んだり、他へ移っていったりして少なくなっていきました。そして、最後に一匹だけとなり、長い年月が過ぎて行きました。ある日のこと、喜多院に物売りがやってきて、鈴を鳴らし山内に入ってきました。その時、一匹の大蛇がとび出してきました。人々は、腰を抜かさんばかりにおどろいて逃げ去りました。それは、たった一匹生き残っていた蛇だったのです。鈴の音はえさをくれるものと思って、大喜びで出てきた蛇でしたが、食べるものはなんにもありません。大蛇は狂ったようにあばれだし、山内をこわし、ついに人家にまで被害をあたえてしまいました。こんなことがありましてから、喜多院の山内では、鈴を鳴らすことをかたく禁じるようになりました。そして、寺にある鈴には、けっして振り子をつけないようになりました。

池原昭治『続・川越の伝説』
(川越市教育委員会)より