山内禁鈴・その一

原文

むかしのおはなしです。ある夜、喜多院に美しい娘がやってきて「和尚さま、お願いですから今日から向う百日間、鐘をつかないで下さい。お礼に鐘の音色をもっとすばらしいものにしてさし上げます。」といって何処へともなく消えていきました。和尚さんは、人助けだ百日間くらいは……とおもいました。そして百日目の夜のことです。前と違った美しい娘がやってきて「和尚さま、どうかお願いですから今夜一度だけ、鐘をついて下さいませ」と涙ながらにたのまれましたので和尚さんも一度だけなら、わけをはなせば前の娘さんもわかってくれるだろうとさっそく鐘をつきました。「ゴオーン」と長く尾をひくいい音色でした。するとそのとき、娘は見るも恐ろしい竜となり、風を呼び雲に乗って天に舞い上がりました。そして二度目の鐘をつきますと、こんどは「ゴン」といったきり余いんのない悪い音でした。その時、寺の南の方より大きな音がしたかと思うとイナズマがはしり、前よりもはげしい風雨となり、和尚さんがクルクルと水車のようにまわりはじめました。なんと九十九回まわったのです。やっとおさまった時、和尚さんは、これは前に来た娘のたたりだとおもい、その後、山内では鐘をつかなくなり、鈴を鳴らすことも禁じました。

池原昭治『川越の伝説』
(川越市教育委員会)より