文化年間、梅雨から降り続く雨がやまず、村人たちは深刻な面持ちとなっていた。沢という沢はあふれ、道は川となり、橋はみな落ち、村々は孤立した。雨音に眠れず、睡眠不足と不安でどの人も蒼白で頬骨が飛び出た異様な顔になっていた。
ある夜、一段と強い雨が雨戸を打ち、人々が神仏に頼るのみという長い夜が明けかけたころ、ゴトンゴトンという不気味な音とともに地震のように家が震動した。一斉にみな家を飛び出すと、マグマのような土石流が大峰沢に押し流されてくる。蛇押しだ、大峰山が抜けたぞ、と人々は騒然となった。
石がぶつかり火花が散り、異様な臭いが漂う地獄絵図の中、土石流の先頭が伽立の集落に向かった。誰もどうすることもできず、こぶしを握って濁流の行く先を見つめるばかりだった。ところが、その土石流の先頭を行く二畳ほどの大石と、並ぶ小牛のような石が二つ、それが伽立の上手にドシンと居座った。
そして、その大石に阻まれて、土石流は向きを変え、伽立は助かったのだった。その時、大石の上から濁流に飛び込み、諏訪様に向かい泳ぐ白蛇を皆は見た。伽立は日ごろ諏訪様をよく信仰しており、その加護である、と皆は驚いた。その石は諏訪石と呼ばれるようになり、今も旧道の傍らの杉林の中にある。