大峰長者

原文

:表題話(新治村布施)

大峰山に長者屋敷がある。むかしむかし、ここに長者が住んでいて、百人もの人を使っていたという。作男もいれば、庭掃除もいる。オカボ・ヒエ・アワ・ソバなどを作っていた長者だった。そこの家に娘ができて、その娘をもらいたくって、わかいしゅが毎晩のように長者の家に来るんだって。来ては、旦那さんにかけあうんだって。旦那さんは、娘をくれたくないが、まさかいつまでも「くれねえ」とことわるんも悪い気がして、ここには水がなくって、オカボべえつくる。オカボで困るから裏の大沼からうちの屋敷まで水を流してくれれば娘をくれてやるといった。旦那さんは、水が欲しいが、娘はくれたくない、というので難題をだしたのである。「一番鶏が鳴かないうちに、娘の笄で掘って水をひけ、そうすれば娘をやる」っていったって。

そしたら、どこの若者やらがやって来た。そして、その若者がむくむく掘ってきて、沼の水がこっちへ来そうになった。それをみた旦那さんは、さあ大変だというので、鶏のとまり木の竹の筒の節を抜いて、片方からお湯を入れてとまり木をあっためた。そうしたら、時期ではないのに鶏が鳴いた。いまちっとで堀が掘れるというところで鶏が鳴いたんで、若者はくやしいといって帰って行ったんだって。そのあと、黒雲がまいてきて、雨が降るとも降るとも、大峰山では作物がとれなくなった。二年も三年も凶作が続いたって。そのために、長者の家でも奉公人を頼んでおくどころのさわぎではない。長者の家はつぶれて、長者屋敷という名だけ残っている。沼の主の大蛇が、いい若者に化けて、長者の娘をもらいに来たんだって。それで、娘をくれなかったんで、おこって大雨を降らせたんだという話。(伝承者 原沢はる)

『日本伝説大系5』(みずうみ書房)より