大峰山に昔長者が住んでいて、百人もの人を使っていた。娘がいたが、その娘に若い衆たちが毎晩通ってきた。旦那さんもいつまでも嫁に出さないというわけにもいかず、土地に水がないので、裏の大沼から屋敷まで水を引いた者に娘をくれてやる、と言った。
しかし、本心では旦那は水は欲しいが娘はくれたくなかったので、一番鶏が鳴かないうちに、娘の笄で掘って水を引け、と難題を付けた。ところが、どこからかやってきた若者がむくむく掘って、沼の水がこちらへ来そうになってしまった。
旦那はさあ大変だと、鶏のとまり木を湯で温め、朝の来ぬ前に鶏を鳴かせてしまった。若者は悔しがって帰ったが、途端に黒雲が巻いて大雨が降り続き、大峰山では作物が取れなくなってしまった。凶作は二年も三年も続き、長者の家は潰れて、今は長者屋敷という名だけ残っている。
これは、沼の主の大蛇がいい若者に化けて、長者の娘を貰いに来たのだが、だまされて娘を貰えず、怒って大雨を降らせたのだという。(新治村布施・伝承者 原沢はる)
吾妻耶山の南峯が大峰山。その南に少し下った所に大峰沼がある。長者屋敷の地名は不明だが、大峰沼か、その南東の古沼から水を引く、という話なのだと思われる。
蛇聟の話といえばそうだが、その主題というと難しい筋だろう。信州黒姫山の黒竜なども姫の父の殿様に難題を出され騙されるが、これは佐久では望月の駒の馬の話ともなり、あるいはその筋が広まってきたのかもしれない。
また、より端的には、越後などにも見える、千本の刀を鍛えようとした竜蛇の話が近い(これも鶏の策で一本を残し失敗する「名刀・浪平行安」)。しかし、これは長者家の没落の話とはならない。