榛名湖の木部姫

群馬県高崎市

いつのことか分からないが、木部の殿様の娘に木部姫という美しい姫がいた。姫が十七八歳になったある日、北方に秀でる榛名の峰に参詣したいと言う。殿様は許し、駕篭と大勢の供を用意して送り出した。姫は榛名の湖畔に着くと、満足した面持ちで湖面を眺めた。

すると、一天が俄にかき曇り、黒雲が山をかすめて飛び、凄まじい大嵐となった。と、姫はみるみるその姿を大蛇に変えて、湖底深くに沈んでしまった。侍女たちは驚いたが、もはや城へ帰ることはできないと蟹へと姿を変え、姫に従い湖に入った。

蟹たちは湖の主(姫)の棲み家の湖を清く保つために落ちる木の葉を拾い出すようになった。だから木部の人たちは蟹を食べないのだといい、榛名に行くものも蟹を食べてはいけないという。また、これ以降木部のものは五月五日に榛名湖に赤飯を持って行くようになった。

木部姫が入水した数日後、室田村の長年寺に美しい姫が訪れ血脈を乞うた。住職は姫の障子に映す影が大蛇であることを見て取り、これを断った。すると姫は、身の上を明かし、もし願いが聞き入れられるのならば、永劫に寺に不足のないようにしましょう、と言った。

再三乞う姫に住職も折れ、血脈を授けた。姫は大喜びで榛名湖に戻ったという。その後、この寺で膳椀が多数入用になったときは、寺の井戸に呼びかけると必要な膳椀が浮き出るようになった。井戸の底は榛名湖に通じていると今でも信じられている。

みずうみ書房『日本伝説大系4』より