身代わりの蟹

原文

むかし、赤堀(佐波郡赤堀村)の道元に娘がいた。娘は腋の下にこけのようなものがあった。

娘が十六歳の時に「赤城へ行きたい」と言ったので、家の者がお駕籠に乗せて連れて行った。小沼(赤城山)の端まで行ったとき、娘が「水が飲みたい」と言って、お駕籠からおり、すうっと小沼の中へ入って行った。沼の真中ごろで頭をもちあげたその娘は、蛇の姿に変っていた。「わたしは、こんな姿になって家へ帰ることは出来ない」と言った。家の者は悲しみ、軽くなったお駕籠をかついで赤堀へ帰ったという。それから毎年、赤堀家では、重箱に赤飯を入れ赤城へ持って行き、沼へ浮かせてやる。そうすると、娘が沈んだと思われる所にうずがまき、すうっと重箱は沈んで行き、すこしたつと、空になった重箱が浮いてくるという。このことがあってから、この辺では、十六歳の娘が赤城へ行くときには、かならず、身代わりとして蟹を持って行き、沼へはなしてやるということである。(「郷研資料」)

 

※原題は「赤堀道元の娘」

『日本伝説大系5』(みずうみ書房)より