借りて来た大蛇

原文

むかし、蛇(へび)ぃお諏訪さまから借りて来て、ひでえ(ひどい)めにあった人がいるんだとさ。

この村じゃあ、けえこ(蚕)をはきたてると、ねずみに、けえこを食い荒らされるんで、村のお諏訪さまへ、空っ籠をしょって(背負って)行って、

「お諏訪さま、この籠ん中へ、蛇ぃ貸してくれまし(貸してください)。今年も、けえこをねずみの畜生に食われちゅまうんで、借りに来ました」

ってゆって拝んで、蛇ぃ借りてうちぃけえると、その晩から、ねずみぁぴったり出なくなるんだとさ。

ところが、あるとき、欲が深くって、疑いぶけえ村のてえがいて、

「お諏訪さまなんかに、蛇借りになんかやんで(行って)も、ふんとう(本当)に、蛇ぃ籠ん中へ貸してくれんだかなんだかわかんねえ」

ってゆいながら、空っ籠をしょってお諏訪さまへやんで、

「お諏訪さま、わしらげへ(私どもへ)、うんとでっけえ蛇ぃ貸してくんな。おねげえします」

って拝んで、グスグスグスーって笑って、籠をしょって、うちぃけえりはじめたんだと。

ところが、いつもとはちがって、しょってる籠が、だいぶ重たくなってきたんだと。

その村のてえは、

「なにがなんでも、おれがしょってる籠ん中へ、お諏訪さまが蛇ぃえれて(入れて)くれるわきゃあねえ」

ってゆって、籠をしょって来たと。

途中まで来ると、しょってた籠が、ぐらぐらあって動いたんだと。村のてえは、おかしいなあと思って、手ぇ後ろへまあして、籠の目から手ぇ籠ん中へ、えれてみたんだと。そうしたら、つめてえ太えもんが、籠ん中でむずむずと動いたんだとさ。村のてえは、恐ろしくなってきて、

「こりゃあふんとう(ほんとう)に、お諏訪さまが、籠んなけぇ、でっけぇ蛇ぃ入れたんかな。でも、おれが貸してくれって、拝んだ時、籠ん中へ蛇ぃ入れるのを見なかったから、蛇なんざあへえってるわけあねえ」

ってゆいながら、こ走りにうちい飛んで来たと。でえどこう(台所)へしょってた籠を、トチーンっとぶちおろして、籠ん中ぁ見ると、でっけえ蛇がたぐろを巻いて、かま首ぃ持ち上げ、村のてえの方を向いて、口からあけえ(赤い)べろを、ぺろり、ぺろり出して、見てるんだとさ。

村のてえは、

「お諏訪さまあ、ふんとうに蛇ぃ貸してくれたんだあ。かんべんしてくんな」

ってゆって、蛇にあやまったんだとさ。

酒井正保『前橋とその周辺の民話』
(群馬県文化振興会)より