滝の御前

原文

三輪に御城(みじょう)という古い城跡が残っております。そこには高瀬主膳守という城主が住んでいました。城内には一族郎党の住み家が点在し、朝に夕に炊煙が立ち上っていました。

城主には美しい妻と愛らしい童女がいて平和に暮らしていました。愛らしい童女は大きくなるにつれて、それはそれは美しい姫に成長していました。誰れ呼ぶとなく『滝の御前』と言われるようになりました。

父と母は、何とかして東国一の夫を娘にもたせてやりたいと思いあれこれと相談していましたが、どうしたことか姫はいっこうに結婚話にのってきませんでした。美貌な姫の噂は遠く都にまで行き渡り、諸国の城主から、「是非とも、姫を嫁として迎えたい。」と熱心な申し込みが殺到してきましたが、姫の心を動かすような若殿はおりませんでした。

このためか日に日に増して姫は、周りの煩わしさにいや気がさし、憂うつな毎日をすごし、ついには床に臥してしまったのです。

そんな状態が続いたある年の春、季節も暖かくなりましたので、桜見物にでも出かけましょうかと腰元を連れて山の入りに出かけた姫は、疲れたらしく、滝のほとりに腰をおろしました。ふと、水面に写った我が身をのぞきこんだところ、「あっ。」そこには、悪鬼の形相をした女の姿が写っているのではありませんか。

姫は今の今まで美人と思っていた心の驕りを恥ずかしく思い、「もうこれっきり生きてはいられない。」と悲しみのあまり滝つぼに身を投げてしまいました。

この里の人々は、その身を哀れんでこの淵を『滝の御前』と呼ぶようになりました。

小川町文化財資料集第9冊
『おがわの昔語り』(小川町教育委員会)より