星の宮

原文

下都賀郡野木町大字潤島(うるしま)に星の宮という社がある。

その西北の方に古い底知れない池があって、そこは池を掩って黄楊の樹がこんもりと茂りあい、さらに菱などの水草がはびこって、あたり一面何となくじめじめした陰湿な気持がする所であった。

この池の面を見守るように掩いかぶさっている黄楊の樹が、この池の御神木として古くから伝えられている。

春風が訪れて、池の氷も池の端の霜柱もようやくとける頃になると、ぬるまった池の水の中を、蛇かと思われる大小無数の鰻が、すうっ、すうっとゆるやかに泳ぎまわって、その様子を見ていると、誰しもうすきみの悪い気がしてくるほどである。

村人達がこの社に参詣に来る時には、必ずこの池に立寄って、準備してきた米を幾粒か水の中に投げ込み、静かに合掌する。そして折よく鰻が水面近く泳ぎ出ようものなら「鰻様、鰻様」と、一生懸命にその姿を拝むのである。

それはこの鰻を眼の神であるとして、昔から尊信しているからである。したがってこの地に生まれたものは鰻を「鰻様、鰻様」とあがめて、決してこれを食べようとはしないばかりか、子々孫々に言い伝えて、ほとんど信仰的な風習として今日でも鰻は食うてならぬものにしているようである。

この禁を破って星の宮の鰻を取り、盲になった人も沢山いるという。だから長い間にわたり、誰一人、これを怖れて捕えるものはなく、まさに鰻にとっては、ありがたい極楽の天地であり、年毎におびただしく繁殖してずいぶん大きなのも住んでいるといわれているらしい。

近年のこと、一人の子供がこの池の近所で大きな鰻を一匹つかまえてこれを持って帰り、自分の池に放そうとすると、これを見た父親がーー鰻はうまいんだ。食うと罰が当るなんて昔の話だーーといって、それを料理して家の人々がいやがるのもかまわずに、ぺろり食べてしまった。

ところがその翌日になると、その子供が眼が痛いと言いだしたものだから、近所の医者の診察を受けたが別に何ともない。近いうちに治るとのことであった。しかるにその後、目はますます悪くなるばかりで決して治らぬばかりか、日に日に悪くなるばかりであった。

父親は星の宮の禁を破ったことだから、こうなると少なからず心を痛めて、心配しながら一心に看病に努めたが決してよくならない。

しかたがないので薬にばかり頼っていられず、毎日宮参りをして百か日も通いつづけたが、さらにききめなく、ついにその年の暮、あわれ子供は全く失明してしまった。

こんなことがあってから、いよいよ鰻に対して畏敬の念が加わり、迷信か、信仰かいずれにしても星の宮はますます神秘的な存在となったという。

とにかく本県各地に、鰻を食わない風習が少なからず見られる点に注目したい。

小林友雄『下野伝説集 あの山この里』
(栃の葉書房)より