昔、文谷に豪商の米問屋があった。凶作が来ても、米問屋は米がないことに目を付け、一俵二俵を見つけ次第買い漁っては、べらぼうな値段で売る始末だった。しかし、凶作の年が続くとさすがの米問屋も金に困り、村人二人を誘って江戸に稼ぎに行った。
ところがうまい儲け口もなく、ついには帰る路銀すらなくなってしまった。困り果てた米問屋は、ついに泥棒に入ってその銭を盗み出したのだった。しかも、銭が手に入ると分けるのが惜しくなった米問屋は、仲間の二人の村人を殺してしまった。
村に戻った米問屋の主人は無口になっていたが、しばらくして家に白蛇が出るようになった。主人が寝ようとすると、布団の上に白蛇が二匹もつれている。主人が驚いて外に放り出すも、また次の晩には布団の上に蛇がいる。そうしたことが一週間ほど続いた。
そしてピタッと蛇は出なくなったのだが、今度は主人の夢に白蛇が出るようになった。毎晩夢で蛇に睨まれ、ひと月もすると主人はげっそり痩せてしまった。挙句、行者に見てもらい、殺された二人の霊が成仏できずに白蛇となって出てくるのだといわれ、主人は社を建て、地蔵を安置し、朝に晩にお参りした。
文谷(ふみや)に伝説に対応する文物が今あるのかというとわからない。社と地蔵とあるので、なにかありそうではあるが。原話は最後に主人がそれでも納得いかず、頭を丸めて托鉢の旅に出て幕となるが、それは再話されつつ現代に近付きそうなったような気もする。
とり殺されるのが順当だとはいわぬまでも、こうした伝説は、あれほど強勢を誇った家が没落した理由、として語られるもので、米問屋が話題となるような没落をしたがゆえに生まれる話だ。本来はそれ相応の幕だっただろう。
野州では家に白蛇が出るといったら、何らかの残念のあった亡き人のいるが故であると語る話が多い(「死者が蛇になって出てくる」などから)。この文谷の米問屋の話は、それが殺された恨みである、という典型的なものだろう。