ぐみ好きな富造どん

原文

上阿久津の東の峰伝いの一番南のところを、今でも「虚空蔵さん」と呼んでいます。

昔々上阿久津に怠けものの「富造どん」という人がいました。富造どんは、今日も仕事を怠けて山遊びに行ったのです。富造どんは、大変グミが好きでした。峰伝いにグミを探しながら虚空蔵さんにあるグミの木まで(星の宮神社のところ)来ました。

さっそく枝に登り、大好きなグミを取っては食べ取っては食べ、夢中になっておいしいグミを探して楽しんでいました。仕事のことも時の経つのも忘れて、鼻唄まじりのご機嫌で次から次の枝へと熟れたグミを食べて喜んでいました。その時、

「と、み、ぞ、う、どーん」

とかすかな声、夢中の富造どんはグミに心を奪われて、耳へなど入りません。するとまた、

「と、み、ぞ、う、どーん」

と、呼ぶ声がします。真っ赤なグミに気をとられている富造どん、まだ気づく様子もありませんでした。甘い露の、のどを通る快よい感触に酔って、次の枝の熟れたグミを探すのに一生懸命です。するとまた、

「と、み、ぞ、う、どーん」

と呼ぶ声がします。何やら人の声の気配に、チョイと振り返ってみたものの、あたりに人影らしいものはなし、まさかチッコンと立っている石の虚空蔵さんが口をきく訳はありません。ついグミを取る手をやめて、何気なく下を見ました。すると、

「こりゃ大変だーっ」

いつ来たのか物すごい大蛇が大きな口をあげて、富造どんを一呑みにしようとして機をうかがっているではありませんか。びっくり仰天、富造どんは飛びおりると、ただ夢中で走りました。とある人家にたどり着くと、バタンと倒れて気を失ってしまいました。

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欲望や快楽を求めて仕事もしない富造どん、年がら年中遊んでばかりいた富造どんでしたが、こんな怠け者の富造どんでも虚空蔵さんはかわいいのです。知恵と慈悲の仏さまである虚空蔵さんは、何とかして働き者の富造どんになってもらおうとして、石の固い口を開いて富造どんに危機を知らせたのでしょう。

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しばらくして富造どんは気がつきました。それからは働き者の富造どんになったということです。

石岡光雄『氏家むかしむかし』より